トンローにある「生そば あずま」3号店。明るい雰囲気はファミリー客にも好評だ。

 バンコクで住む日本人の数は約3万人。しかし、この数は在タイ日本国大使館に正式な届け(在留届け)を出している日本人の数に過ぎず、届けを出していない人も含めると6万~7万人、あるいは10万人近い日本人がバンコクで暮らしているのではないかとされている。このあきれるほど大量の日本人をターゲットにバンコクに上陸したのが、福岡を拠点とする外食チェーンの大手、ウエストだ。

 1983年に米国に進出したのを皮切りに韓国(FC展開)やジャマイカ(グループ会社)にも店舗を開き、積極的に海外市場を切り開いてきた同社は、2014年に新たな市場を求めて東南アジアを視察。ベトナムやカンボジア、タイなどを回った後、タイへの進出を決めた。

「既に1500店ほどの日本食店がありましたが、チャンスは十分にあると判断しました。進出が早いから有利とはいえない。われわれは飲食のプロ。後発の利があると見たんです。社長からは『タイに行き、6カ月以内に商売を始めろ』と言われ、15年4月からタイに住み始めて12月に1号店を出しました。半年はちょっと過ぎましたが(笑)」

 こう話すのは、ウエストのタイ現地法人KAWANO WESTの川野敦史氏だ。

「一年中暑いから冷たいそばの方が受け入れられる」

ウエストのタイ現地法人KAWANO WESTの川野敦史氏。

 15年の秋、バンコクに住む福岡県出身者の間で「あのウエストがバンコクにやってくる」というニュースが駆け巡ったが、その報は意外性を持って受け止められた。というのも、ウエストがバンコクに開く店がうどんではなく、そばの店だったからだ。

 ウエストは九州最大のうどんチェーン。今でこそ、焼き肉や生そば、中華などの店も展開しているが、福岡の住民にとってウエストは今も昔も「うどんの店」だ。うどんであれば食べ慣れたタイ人も多く、日本人だけではなくタイ人の需要も見込める。なぜ、ウエストはそばを選んだのか。

 川野氏の答えは明快だ。

「うどんの店の繁忙期は12月と1月。寒い時期によく出るんですよ。逆に、そばの繁忙期は5月から8月。暑い時期の需要が高い。タイは一年中暑いですからね。気候を考えると、ざるそばやもりそばなど冷たいそばの方が受け入れられるはずだと判断しました」

 ウエストは日本でも地域によって、そばとうどんを使い分けている。関東には当初、うどんの店で進出を図ったが、讃岐うどんの対極ともいえる「こしのない九州のうどん」は関東では支持されず、すかさず、そばに切り替え成功を収めた。うどんのチェーン店として事業を拡大しながらも決してうどんにはこだわらず、地域に合わせて業種で勝負をする。その方針がタイでも貫かれたのである。

「生そば あずま」をはじめ、ウエストが展開する店舗のメニューは全て日本と共通だ。

 ターゲットをバンコク在住の日本人とし、タイ人を狙わない理由について川野氏はこう答える。

「10万人近い数の日本人がいれば、それだけで有望なマーケット。今は現地の人にも利用されているニューヨークの店も最初は日本人駐在員が主な客層でした。タイの店舗が将来的にはタイ人をターゲットにするにしても、まずは日本人においしいそばを提供することから始めようと考えました」

 15年4月に来タイした川野氏は、この国でビジネスを始めようとする外食企業の多くがそうするように日系の不動産業者を回り、1号店にふさわしい物件情報を探し求める。しかし、その後の行動は違った。

「不動産業者が紹介してくる物件は、エカマイのゲートウェイやプロンポンのレインヒル、トンローのJビレッジ、ラチャダーのJパークといった、日本の店がたくさん誘致されている商業施設ばかり。でも、実際に足を運んでみると、どうしてもぴんとこない。集客力に難がある物件のように感じたので、本社からは好きにしていいと言われていたこともあり、自分の判断でスクンビット・ソイ33の物件に決めました」

 土地勘がない方のために補足すると、スクンビット・ソイ33の物件は風俗街に極めて近い通りにある(「ソイ」とはタイ語の路地のこと)。新宿歌舞伎町の近くをイメージしてもらうと分かりやすい。

「どうしてあんな場所に」

 川野氏のもとにも反対の声、疑問視する声が聞こえたきたそうだが、この物件なら集客力があるはずだと判断。15年12月に、そばを中心とした居酒屋「生そば あずま」をオープンする。

 結果は川野氏の読みを裏付ける形となった。

「店舗面積は約50坪、60席の店舗ですが、ランチタイムも夜もお客さまがよく入る。オープンした年の大みそかには年越しそばを求めて600人が来店された。これで自信がつきましたね」

 1号店を軌道に乗せた川野氏は、次いでソイ31に120席の焼き肉業態の「焼肉AZUMA」をオープン。生そばではなく、焼き肉の店にしたのは、物件が大きかったためだ。続いて、ソイ33/1の入り口に40席の「生そば あずま」の2号店を、ソイ49にはやはり40席の「生そば あずま」の3号店を出店。いずれも土日には1000~1200人もが来店する人気店に成長している。