宇野隆史氏に聞いた「繁盛店のつくり方」

「かかとを地面につけた感覚」の商売を続ける

 

「宇野さんは繁盛店をつくるためにどんなことをやってきたんですか?」

 こんなことをいつも聞かれますが、実際には何にもやっていません。私は根っから努力ということができない人です。

 高いところにあるものを取るのは面倒なことです。これをつま先で立って、そんな感覚の商売を30年間継続するのはとても難しい。ではなく、私はこれまで「かかとを地面につけた商売」ということをやってきました。

 私が大学4年生になったとき、それまで私と一緒になって遊んでいた連中が皆、資格を取るようになり、大きな会社に就職していきました。

 自分は皆と同じ道に進めないんだと思っていたときに、よく通っていた下北沢の外れにあるおでん屋さんのことを思い出しました。これが今日の私の始まりです。

 そのおでん屋さんはよく店を休んでは海外旅行をしていました。五十数年前ですから1ドル360円の当時です。今だったらハワイは5万円とかで行けますが、当時は行くだけで大変なお金です。

 人様がつくったおでんをおでん鍋に入れているだけ。それでもお客さんはワンワンやってくる。それで海外旅行に行くことができる。自分は普通の会社に入ることができないが、「こんなことだったらできる」と思うようになりました。今、冷静に考えると優れたおでん屋さんでした。

 また、下北沢の八百屋さんでアルバイトをしていたとき、夏の暑い日に下北沢で一番有名なてんぷら屋さんに汗をだらだら流しながら野菜の配達に行きました。

 店に入ると、ご主人からいきなり「馬鹿野郎!」と怒鳴られました。なぜ怒鳴られたのかよく分らなかったのですが、おそらく「店には裏から入れ」ということだったのでしょう。

 そのとき、私にバリバリと天啓が下りました。それは、「この人は下北沢で一番おいしい天ぷらを食べさせる人なのに、俺はこの店の天ぷらを食べない人だと見抜かれたのかな」ということ。腕のいい職人さんが私に「馬鹿野郎!」と怒鳴るなら、じゃあ逆のことをやれば良い商売ができるのではないか。自分はそれをやればいいんだと思うようになりました。