郊外型で成長した焼肉一番カルビ

 もう一つ、ファミリー層をターゲットにした郊外において、焼き肉店の近代化が図られます。

 95年、(現在の)物語コーポレーションが手掛けた「焼肉一番カルビ」が愛知県豊橋市にオープン、多店舗化を図ります。当時、同社は数店舗の和食店を営んでいました。同じような地方都市においても、同社のように、和食店を営み、地元では名前は通っているものの、将来の展望が描きにくい中堅の外食企業が全国に多数ありました。

 こうした外食事業者に対して、ピーク時で会員企業500社を集めたコンサルタント会社[OGMコンサルティング (故)榊芳生会長]は、郊外型の焼き肉店の開発を勧めます。

 和食店や洋食店のように、プロの料理人を店舗にほとんど必要とせず、店舗マネジメントを軸に人材育成を図っていける業態として、焼き肉は、うってつけだったのです。

 腕利きの料理人をそろえるのではなく、企業経営を担う幹部候補生を抱えて事業拡大を推進する方向性が示されたのです。

視察が相次ぎ、模倣店が全国に乱立した

 中でも物語コーポレーションが開発した郊外型の焼き肉チェーン「焼肉一番カルビ」は、郊外型の焼き肉業態という「器」だけではなく、品質やサービス、「お誕生会」など気の利いた販促もファミリー層から支持を得て繁盛店となり、多店舗化に成功します。同業の視察も相次ぎ、屋号や赤唐辛子の特徴あるデザインをまねた「〇〇カルビ」といった模倣店が全国に乱立します。

 こうして2000年代は、街中には「牛角」、郊外には「焼肉一番カルビ」といったチェーンにより焼き肉業種の近代化が推進されていきます。

 もちろん、街場の焼き肉店の中にも、東京・足立鹿浜の「スタミナ苑」のように、他の追随を許さない独自の焼き肉を提供する名店もたくさん存在します。新鮮なホルモンを仕入れ、店内で入念に下ごしらえし、当日に売り切ってしまう庶民のお店です。

 こうした品質と技術を売り物にする特徴のある生業店は、後にSNSなどにより、広域から集客できるようになる一方で、生業店の多くは代替わりもできず、淘汰されていきます。