牛角が業種の近代化と大衆化をもたらした!

 叙々苑は街場の焼き肉店のイメージを一新させました。しかし、業界全体でいえば叙々苑は「高級店」の分類にとどまり、依然として業種の近代化は停滞していました。

 ここに現れた西山知義氏が96年に三軒茶屋(東京・世田谷区)で創業したのが「牛角」(当時は別屋号)です。翌年、FC展開に乗り出した西山氏が、店に業界紙(誌)の記者を集めて業種の近代化を語り出しました。

 なぜ近代化が必要なのか。西山氏の話を要約すると(筆者の記憶レベルですが)次のようになります。

 第1に品質。街場の焼き肉店は、品質も価格もバラつきが大きくお客が安心して入れない。

 第2に接客。笑顔やフレンドリーな会話がない。

 第3にクレンリネス(清潔さ)。べとついた週刊誌が、そこかしこに置いてあって、テーブルもコンロも決してきれいな状態にない。

調理を簡素化し、接客に注力、クレンリネスも徹底

牛角のアラカルトメニューから「牛角カルビ3種盛り」1280円(税抜き)

 この3つを改善すれば(大)チェーン化は可能であるとして、第1に、食材を外部で加工し、 (ネギを切るなど一部残して) 店内を包丁レスにし、品質を安定させた。

 第2に、調理が簡素化された分、接客サービスに力を入れて、特に若者の従業員によるカジュアルなトークを前面に出した(当時は学生アルバイトを大量に活用できた時代です)。

 第3に、マニュアルを作成し、クレンリネスを徹底させた。

 すなわち、店舗運営に必要なQSC(クオリティ、サービス、クレンリネス)を、しっかりと導入したということです。

ピークより減ったが、牛角の店舗数では1位

 西山氏の言葉通り、牛角はピーク時より店舗数は減らしたものの現在は国内620店舗(18年3月末)と、店舗数第2位グループの「安楽亭」(224店舗、18年3月末)、焼肉きんぐ(212店舗、同)を大きく引き離しています。

 牛角の躍進は、加盟店開発支援を専門とするベンチャー・リンク(後に経営破綻)の力もありました。外食事業に経験のない企業に対して、プロの料理人を必要とせず、短期間の研修とOJTにより「店長」が量産でき、早期の投資回収が見込める外食事業を全国で売り込んだのです。その後、牛角はBSE騒動を経て、創業者が株を売却し、経営はコロワイドに移行しました。