関東では「くず餅」といえば「船橋屋」。関西ではくず餅はクズを原料とするのが一般的だが、船橋屋のものは小麦粉から作られている別種のもの。藤の名所で毎年1月に行われているうそ替え神事でも有名で、歌川広重の江戸名所百景にも登場する名所「亀戸天神」の前に店を構える創業213年の老舗だ。

 江戸時代は地方出身者が店を開く際、「伊勢屋」「近江屋」「越後屋」というように出身地を屋号に付けることが多く、江戸名物は「伊勢屋稲荷に犬の糞」と言われたくらいだった。船橋屋の創業は文化2年(1805年)、初代の勘助が下総国(千葉県北部)の船橋出身だったため、船橋屋とした。

 勘助は藤や梅の開花時に亀戸天神を訪れ、参拝客でにぎわうのを見て、ここで商売をしたらと思い付き、船橋が良質の小麦の産地であったことから湯で練った小麦澱粉をせいろで蒸し、黒蜜きな粉をかけた餅を考案し、売り出すことになった。

 それが新たな菓子として評判を呼び、やがて「くず餅」と名付けられ、江戸の名物の一つに数えられるまでに。明治初頭に出たかわら版「大江戸風流くらべ」の「江戸甘いもの屋番付」では、「亀戸くず餅・船橋屋」が横綱としてランクイン、船橋屋の名声が不動のものとなった。

 創業当時の面影を今も残す本店には、永井荷風、芥川龍之介、吉川英治ら文人もしばしば訪れ、その味は多くの人たちに愛された。今は本店の喫茶ルームに掲げられている船橋屋の看板は吉川英治が揮毫したものだ。