マニュアルとは「最も生産性が高くなる作業方法のこと」をいう。

前回、厚生労働省「同一労働同一賃金ガイドライン案」と日本のチェーンストアの現状を併せて読み解いた結果、人的な生産性を2倍に上げる必要性が分かりました。今回は、生産性への理解を深めるために、IE(Industrial Engineering:産業工学)の方法を示します。

 編集部:前回、わが国の小売業は、これから人的な生産性を現状の2倍には上げる経営的な必要があることを伺いました。1992年から26年間も、人時生産性(荒利益/労働時間)が上がっていない。むしろ下がってきたことには驚いています。

 吉田:日本チェーンストア協会には、日本の大手小売業の54社、9904店が加盟しています(2017年)。1社平均では177店、年商では2306億円ですから、大手企業に属するでしょう。1店の平均面積も795坪と大型です。これらのデータは、前号で示しています。

 1992年以降、1坪当たり売上げが平均で60%に下がり、人時生産性も低くなったことに対する経営的な対応は、パート労働構成比の増加でした。

 実は小売業でも、1980年代初期までは「パート労働構成比」は10~30%と少なかったのです。8時間働く正社員が多かった。

 当時からパートの時間給は、正社員の新入社員クラスの時間換算給に対してほぼ50%でした。1650円と850円という感じです。現在とあまり変わりません。

 現場の定型作業では、正社員1人の労働(8時間分)を4時間労働の主婦パート2人に置き換えるのは容易でした。それは1カ月から3カ月の訓練で、同じレベルにできるようになったからです。パートの方が正社員より優秀なことも多かったのです。

 1980年代には、当方もある流通業でパートの採用担当をしていました。「時間給が1/2なので人件費比率が下がるから」というのがパート採用の理由でした。

 銀行などで働き、結婚や夫の転勤で退職した人などが多く、教育・訓練は必要がないくらいでした。現場経験1週間でベテラン並みかそれ以上になったのです。小売業の現場作業は単純な定型業務だからです。

 編集部:前回のデータを見ると、日本チェーンストア協会の9904店(総年商12.9兆円)のパート労働構成比は77%に上がっていますね(2017年)。

 吉田:平均で77%ということは、少ないところで70%、多いところでは90%がパート労働ということです。今後、パート労働の構成比を上げて、売上げ対比の人件費率を下げる、あるいは維持する余地はほとんどなくなってきたのです。つまり、2010年代も下がってきた人的な生産性(人時生産性)を高めない限り、経営の維持と成長はできなくなっています。

小売企業の経営者が人時生産性問題を言わないのはなぜか?

 編集部:「働き方改革法」の成立により同一労働・同一賃金の方向に向かうからという理由だけではないのですね。それがなくても、もともと経営的に人時生産性の上昇が必要だった。それにしても、小売企業の経営者が人時生産性の問題を言うことが少ないのはなぜでしょうか。

 吉田:まずは労働時間に対する人時生産性を毎月集計して分析し、対策を打つという経営がないことが挙げられます。

 月次の損益(P/L)は、そこでも店舗単位で計算されてはいますが、その中に人事生産性の項目はないのです。

 日本チェーンストア協会の合計データには、正社員とパート人数の集計があったので、当方が人時生産性の計算に使ったのです。個々の店舗の労働時間のデータは分かりません。

 編集部:たぶん日々の労働時間の計測がないのですね。パート賃金支払いのためには個々の労働時間を計算しても、それを経営的な管理項目にはしていない。

 吉田:それが実態でしょう。「人時生産性」という言葉はあっても、それを経営者(チェーンでは店舗運営部)が関与(コミット)して、毎年5%以上は上げる必要があるという経営責任への認識は薄かったいやほとんどなかったのです。店舗の利益が上がっていれば、それでいいとしていたからです。

 賃金を1年に3%、つまり米国並みに上げるには、人時生産性は3%以上、5%は上げなければならない。5%上げると10年で1.6倍、20年で2.6倍です。

 日本では1998年以来、20年間、新入社員の初任給とパートの時間給は上がっていません上場企業では勤務を続けたときの年齢給(経験給)は平均で年2%上がっていますが、賃金の基礎部分を上げるベースアップはなかったのです。

 このため、低い現場生産性の問題は放置されてきたといっていいでしょう。売上を上げることを目標にした商品対策は行ってきたが、肝心な人的生産性対策は何も行ってこなかったのです。

 以上が、上場企業が加盟する日本チェーンストア協会54社の人時生産性の低下(11年間で11%)が示すことでしょうパートの時間賃金1/2ということが労働法に対する違法すれすれで許容されてきたことが、小売業の経営を支えてきたのです。パートが多い外食産業も同じです。

 個店経営に対するチェーンストアは、もともと「小売業の低い人的生産性を上げること」を目標にしたものですが、1990年代、2000年代、2010年代は、それが全く果たせていません。憂うべき状況なのです。