大阪府北部を震源とする地震で、お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りするとともに発生した被害に遭われた方々にお見舞い申し上げます。

 また、今後の余震で被害が拡大しないことを祈念致します。

ローソンは19日16時に閉店店舗の営業を再開

 大地震の発生時には、コンビニは生活インフラとして、お客さまに最大のお役立ちできるタイミングとなります。

 また、コンビニの営業は、災害時の生活が平時の日常を取り戻したかのバロメーターにもなっています。

 震災直後から、Twitterでもコンビニへの感謝のコメントが多数ツィートされています。

 今回は、東日本大震災と比較すると被災エリアも狭いため、被災地エリアのコンビニの復旧も比較的短い時間でなされると思います。

 最初の地震の直後にはコンビニの棚がスッカラカンになっているツイート写真が多数投稿されているのを見ると、アルコールなど一部の商品を除いて、コンビニの平均在庫 400万円前後が一挙に売れてしまったようです。

 ローソンに問い合わせると、震災当日は『ガラスや商品の破損・浸水などで4店舗ほど閉店していたものの、ビルの安全管理で営業できていなかった1店舗が6月19日16時に営業再開され、閉店店舗は無くなった。配送の遅れは若干あるものの一部商品の欠品を除いて通常通りの店舗営業を取り戻している』とのことです。

 こうした地震の際の消費者の心得は(大変難しいことなのが)、今後も引き続きの地震の心配はあるものの、困った人に必要な商品が行き渡るよう、余計な買物をしない"助け合い消費"の精神が最も大事になります。

 特に、断水に備えた水やお茶などの飲み物、停電に備えた携帯電話やスマホ充電器やガスが止まった場合のガスボンベなどの生活インフラ商品、簡易健康食であるカロリーメイトなどは地震当日に売り切れたようだが、日本全国に物流網を持つ大手コンビニなので、2、3日後には通常のコンビニの状態に戻ることは間違いなく、2日間生活に必要な物だけを買うという消費行動が最も適切だと考えられます。

1995年に支援に向かったことを思い出す

 大手コンビニ本部は、他の小売企業と比較していち早く被災地に商品を供給する対応ノウハウを持っている。

 特にローソンは、1995年の阪神・淡路大震災の発生時、兵庫県東部で大手コンビニでは圧倒的な展開をしており、ダイエーの子会社であったため、緊急対応に一日の長があるといわれていた。

 当時のダイエー 中内㓛CEOの「被災地の灯を消すな」という大号令のもと、全社員一丸となって被災地対応にあたった。

 筆者も当時、静岡エリアでスーパーバイザーをしており、1月17日(火)午前5時46分の震災発生を受け、当日中に担当店8店舗に1.5Lペットボトルでの募金箱を設置。翌日から随時全国のスーパーバイザーが被災地に入り、店舗の支援をした。

 私は静岡から電車で阪急の西宮北口に向かい、国道2号線を歩いて、芦屋の事務所まで向かった。支援店舗が甲子園の近くになったことにより、元来た道をすぐ戻り、6時間 歩いて支援店舗に到着したことを思い出す。ケータイやスマホのない当時は、非常に無駄な対応とならざる得なくなることも多かった。

 店舗に着いて3日間、バックルームで段ボールの上に寝ながら店番をした。商品はほとんど売り切れていため、時折納品される食パンやおにぎりを配給のように販売するだけの対応となった。

 お客さまに「仕事とはいえ、余震もあるんだから家に帰りなさい」と怒られたことも思い出す。

 その数日後、支援社員の宿も確保され、体制が整い、さまざま教訓を踏まえ、1年後くらいに災害時対応のプロジェクトができ、取引先の供給体制含め、コンビニが得意とするマニュアルなども整備されていった。

 阪神・淡路大震災での対応がDNAとして引き継がれ、その後の東日本大震災など各大手コンビニの災害時対応のベースとなったといわれている。

災害から早期復旧する日本の姿は世界のお手本

 地震列島に暮らす日本ではこれからも地震と共存していかなければならない。世界に目を移してもハワイ島でキラウエア火山が噴火 、インドネシア沖で地震が起こるなど地殻変動が頻発しています。

 災害時の日本の姿は、住民礼節をわきまえた行動が賞賛されることも多く、コンビニを中心とする生活インフラとしての早期復旧は世界にとっての見本となり得ているのです。

 この対応やノウハウが世界の被災地で役立つようになっていけばよいと思っています。

 そして、今後の地震にも十分に注意し、今回の地震で被害に遭われた方が早く元の生活に戻れることを切に願っています。