バブル真っ最中の1988年、ニチイは「マイカル宣言」を高らかに発表し、スーパーの単なる安売りと訣別し,生活づくり、街づくりを事業対象に「生活文化産業集団」へ脱皮しようとした。

 マイカルはMYCAL。映画の題名? 歌の曲名?とも思えるこの企業名は「Young & Young Mind Casual Amenity Life」のそれぞれの頭文字を語呂がいいように組みわせたもの。直訳すれば、「若い、若い心の気軽な快適生活」。分かったようで分からない意味だが、10年先を見据えて、要するに今までつかみ切れなかった若者を取り込むことに軸足を置いて、既存顧客であるヤングマインドを持った団塊世代を中心とした中年の支持も引き続き得ようとした二兎を追う戦略だ。いかにもバブル期らしいコンセプチュアルで欲張りなものだ。

未来都市「マイカルタウン」の1号店だったマイカル本牧

 翌年4月には、未来都市「マイカルタウン」の1号店として、横浜に「マイカル本牧」がオープンした。「都会派消費者がくつろぎ、楽しめるアーバンリゾート型ショッピングセンター」を標榜し、当時としては巨大な商業施設で、目標年商は320億円という巨額なもの。まさしくバブルという時代が生み出した申し子であった。

 従来のニチイのスーパーとは様変わりし、同社の「サティ」を核店舗に、映画館、スポーツクラブといった施設や、海外ブランドのショップ、カーディラー、金融機関などからなる複合型の走りとなった。

 バブルという追い風も受け、大いに世間の注目を集め、期待にたがわず、来場者は年間1500万人に達し、売上げも目標をクリアした。

サティは「Select Any Time for Yourself」

 ちなみにサティは、1984年に新業態として誕生。「Select Any Time for Yourself」の「SATY」で、「生活百貨店」としてGMSをグレードアップしたもの。30代の感性を持ったミセスとそのファミリーのライフスタイルを上質にコーディネートすることを目指した。

 これに先立ち1982年、若者向けのファッションビル「VIVRE」(ビブレ)の1号店「天神ビブレ21」を出店している。フランス語の生きるという意味のVIVREと21世紀を掛け合わせたもの。高感度なティーンズのさまざまなニーズに合わせて,トレンドを効かせたアイテムを提案するファッション専門店で、当時トレンドだったDCブランドを誘致し、若者の人気を集めた。

 GMSのアップグレード業態、若者向けファッションビル、そして街づくり、こうした取り組みを同じくして進めたのが、堤清二が率いたセゾングループ。市民生活産業を標榜し、西友GMSの質販店路線、サブカルチャーで若者のハートをつかんだファッションビル「パルコ」、街づくり型商業施設の「つかしん」と驚くほどに似通っている。

 セゾングループの先進性は広く議論されてきたが、ニチイもまた時代の先端を行く企業だったのである。「ワーナー・マイカル・シネマズ」(現イオンシネマ)は、日本におけるシネコンの元祖であり、スポーツクラブの「ピープル」、「エグザス」(後に両施設ともコナミに売却)も先駆的存在だった。

 こうした物販以外のコンテンツを充実させ、今でいう「時間消費」の取り込みを図ったマイカルタウンはまさしく時代の最先端を走る複合型の商業施設だった。筆者もバブル崩壊後、幾つかのマイカルタウンを訪れてその巨大さに圧倒されたが、客足はまばらで閑散としており、やはりバブルの落とし子だったと改めて実感した記憶がある。今やこうした施設は花盛りで、半歩先ではなく一歩、二歩と時代の先を行き過ぎたともいえる。