「歴史的な出来事」として世界中から注目を集める6月12日の米朝首脳会談。実現すれば朝鮮半島の平和に向けた一歩となる可能性が大きい。そこで、今回は両首脳のファッションについて考察してみたい。

金正恩委員長の人民服は「閉襟洋服」という制服

 まずは北朝鮮から。金正恩氏がいつも着ている人民服について取り上げてみたい。

 日本の若い人たちにとって見慣れないこの服はきっと「珍しい制服」に程度にしか見えないだろう。しかし珍しい制服程度にしか見えない人民服は、正に制服なのである。

 人民服といって真っ先にイメージするのは中国かもしれない。今でこそ人民服を着た中国人は見掛けないが、1980年代の改革開放が始まって間もない頃は、みんな人民服を着ていた。

 きっと彼らにとって西側の文化と価値観を取り入れる行為の一つに、人民服を脱ぎ去ることもあったのではないか。やや大げさに聞こえてしまうかもしれないが、自分の好きな服装を選んで着こなす「自由」を手に入れたともいえる。それは集団的社会から、個人の尊厳が認められた一つの表れとも考えられる。

 そんなことを言いつつも、一党独裁が続く中国の国民が自由な服装をしているからといって、完全に「個人」が認められているわけではない。あくまで中国共産党が「主」であることに変わりない。

中国での人民服の扱いはホワイト・タイ

 西側諸国や国際会議に訪れる周近平国家主席や李克強首相などはいつもスーツ姿という印象しか持たないが、彼らも中国国内の地方への視察時は人民服を身にまとうことが多い。中国では人民服は礼装としてホワイト・タイ(燕尾服)扱いされる。主に絹製で濃紺か黒の物が「中山装」、木綿製で緑系の労働着タイプが「人民服」という形で分けて考えることが多く、「中山装」の方は今も北京や上海の百貨店等で入手可能であるが「人民服」はすっかり廃れてしまっている。

 日本でも羽田孜元首相は祖先が中国の渡来系氏族の末裔とのことから、天皇主催の宴会で中山装を着用していたと生前語っていたようだ(まぁ、元祖クールビズファッションの提唱者で、自ら半袖ジャケットを着用していたぐらいの方でしたから)。そしてこの人民服は、中華民国の建国の祖である孫文の軍事顧問だった、日本陸軍の佐々木到一が考えたものというから驚きだ。当時の日本の軍装、学生服辺りにルーツがあったのかもしれない。

 北朝鮮では「閉襟洋服」という名で1948年の建国時から現在まで正装、または平服として広く着用されている。また襟の開いた開襟型の「開襟洋服」も北朝鮮で独自に進化した服まである。お父さんの金正日氏はカーキ色のジャンパー姿をよく目にしていたが、あのジャンパーは旧東ドイツの国家人民軍の制服をもとに自らが考案したものらしい。