2大流通グループのイオンとセブン&アイ、いずれも一見、何の変哲もない名称に見えるが、成り立ちから現在に至るまでをたどるとそれぞれの企業の性質や特徴、変遷が浮かび上がってくる。今回はイオンを取り上げ、時間をさかのぼりながら「おなまえの旅」をしてみることにする。

前身は日本ユナイテッド・ストアーズ株式会社

 イオンの前身はジャスコ、1970年、岡田屋、フタギ、シロの3社の提携をもとに誕生した共同仕入れ会社が始まり。社名は当時、全従業員を対象に公募した結果、「日本ユナイテッド・ストアーズ株式会社(Japan United Stores Company」が選ばれ、その略称の「JUSCO(ジャスコ)」が社名となったもので、特別な意味が込められていたわけではなかった。

 提携の覚書に書かれた「今日以降、新しく参加される同志を平等に迎える」というスタンスで、3社間での人事交流など垣根を取り払い、融和するための施策を推進していった。

 ただ、合併後は統合を主導し初代の社長に就任した岡田屋の岡田卓也(現イオン名誉会長相談役)が存在感を強め、岡田色の色濃い企業となっていく。現社長も同氏の長男である元也が社長を務めている。

 その後も、「連邦経営」を標榜し、多くの企業と合併を繰り返し、1991年にはホームセンターのケーヨー、2000年にはドラッグストアのスギ薬局と業務・資本提携するなど、連携を進め、緩やかな連邦を形成していった。

 連邦はそれぞれの企業の自主性を尊重することから、参画する企業にとってもハードルが低く、買収されるより抵抗感は少ない。しかし、その微妙な関係は時として軋轢を生み、離脱に至るという結果も生じた。前述した提携もその後、解消された。

 1989年9月には、「ジャスコグループ」から「イオングループ」に変更された。同時に、グループの基本理念を具現化するための行動指針である「イオンは、日々のいのちとくらしを、開かれたこころと活力ある行動で、「夢のある未来」(AEON)に変えていきます」という「イオン宣言」が発表された。

 イオンという無色透明な名前で、ごちゃごちゃした合併の歴史のイメージを断ち切ろうとしたのかもしれない。その後は地盤としていた中京から全国に事業展開を進め、躍進していく。

ジャスコからイオンへ、純粋持ち株会社に移行

 そして、2001年8月には「ジャスコ株式会社」から「イオン株式会社」になり、2008年8月、イオンは「イオン株式会社」を中核とした純粋持ち株会社に移行し、今では300を超える企業で構成する巨大グループとなっている。

 その間、マイカルやダイエーといった有力企業を救済する形で傘下に収めており、連邦制からイオン王国の色彩を強めて、岡田元也社長の強力なリーダシップのもとで経営が執行されている。

 イオングループには有力企業がいくつかある。2015年3月、マルエツ、カスミ、マックスバリュ関東が経営統合したユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングスは、スーパーマーケットのトップ企業。

 ジャスコ誕生時と同じくUNITED(ユナイテッド)という連合という言葉が使われており、まさしく名は体を表している。

 ウエルシアホールディングスもドラッグストア業界のトップ企業。「welcia(ウエルシア)」は、健康を意味する「well」と国を表す「cia」の造語で、「地域のお客さまの健康をサポートする拠点」になりたいという願いが込められている。

 鈴木ファーマスイ、高田薬局、イレブン、寺島薬局、CFSコーポレーションなど多くの企業が母体となっており、合併を繰り返して誕生したことから、このような理念を表す社名にして、一体感を強めることにしたのだろう。

 イオンが主導する、全国約4000店のドラッグストアと調剤薬局で構成される「ハピコム」グループ。ハピコムは、「HAPPY(幸福)」と「COMMUNITY(地域)」を組み合わせた造語で、ウエルシアと同様の趣旨で命名されている。