コンビニのFCではアルバイトの採用難や時給高騰もあってジーの家族労働の悲惨ぶりが伝えられることが多くなったが、前世紀までは社会問題になるほど広がらなかったと記憶している。前世紀のコンビニは商店街の酒屋や食料品店などから転換したオーナー店舗が主流だったのに対し、近年はそんな物件はレアになってザーが開発して脱サラなどのジーに運営委託する店舗が増えたからだ。

資産価値と労働価値の格差

 既存商店からの転換ではジーの取り分に“家賃”に相当する部分が含まれるのに対し、ザーが開発した物件の運営委託ではジーには労働の対価しか入ってこない。もっとシビアに見れば、前者では労働報酬に資産が生む“利回り”が加わるのに対し、後者では労働報酬からザーの投資に対する減価償却や家賃という“貸付利子”が差し引かれてしまう。

 昔の農業でいえば「自作農」と「小作農」の違いであり、後者では小作料の負担が重く、ジーが労働の対価を確保しようとすればアルバイトなどの外注労働費を抑えざるを得ない。その分、家族労働の負担が重くなってしまうのだ。結果、労働負担にあえぎギリギリの運営を強いられる「小作農」ジーはザーに対してさまざまな不満を抱くようになる。

BP型よりゆとりのあるBB型

 何だか江戸時代の一揆の構図みたいになるが、そんな軋轢に悩まないで済むFCもある。それはBB(ブルジョワ×ブルジョワ)型のFCで、資本家側の搾取が非難されがちなBP(ブルジョワ×プロレタリアート)型に比べると格段にゆとりのあるFC運営が可能になる。

 地元で小売店を経営したり異業種に手を出したりアパート・マンション経営などにも食指を伸ばしているブルジョワジー(小資本家)にとって、安定した売上げが確保できて不動産投資より利回りが良ければおいしいわけで、同じFCを何店も運営したり、さまざまなFCを展開するケースが多々見られる。大規模投資を伴う業態ではザーの側も端から企業ジーに絞って取り組んでおり、テリトリー契約で多店舗展開を促すケースも見られる。

 取り分の多少はともかく労働対価に留まる「小作農」ジーでは何年頑張っても資本蓄積は困難で、競合関係や立地の変化で売上げが減少すれば労働対価も減少して疲弊してしまう。理想はBB型だが、BP型でも“奉公”が長期に渡れば多少ながらも資本蓄積が進むよう配慮が必要ではないか。江戸時代の丁稚奉公でも、手代を経て番頭まで勤め上げれば開業資金付きで暖簾分けしてもらえた。サラリーマンにも退職金というのがあるが、「小作農」ジーには何も残らないのだろうか。