日本政府は2018年4月27日、カジノを含んだ統合型リゾート(IR)実施法案を閣議決定。5月22日には衆院本会議で審議入りをした。長年、懸案になっていたカジノについて動きだしたことにより、日本のカジノ建設が一歩前に進んだ。そこで、カジノの先進都市、マカオの事例からどのようなことが日本でも起こり得るのか、数回に分けて書いてみたい。

カジノ・ライセンス所有は6社だが、本当は3社

 マカオが2006年にラスベガスを抜いて売上げトップになって10年以上が経過したが2017年マカオのカジノの売上げは2557億パタカ(約3兆7200億円)に達した。かつてポルトガルの植民地であったマカオは昔、欧米人が余暇を楽しむ場所であったこと、香港が1842年からイギリス領になったことでさらにマカオとの交流が増えたことから1847年にカジノを合法化。1世紀半以上の歴史を誇るカジノ・シティになった。

 長らく日本語も堪能であるマカオのカジノ王、スタンレー・ホーとテディ・イップ(2003年に死去)率いる「澳門旅遊娯楽(STDM)」が40年に渡り独占的に支配していたが、マカオ政府は2001年のライセンス契約更新時に絡めて2002年からは外資を含めた最大3社にもカジノ・ライセンスを発行する法律を可決した。20社を超える企業が申し込んだ結果、STDMのグループ企業である「澳門博彩(SJM)」、香港の「銀河娯楽集団(GEG)/ギャラクシー・カジノ」、ラスベガスの「永利渡假村(澳門)(Wynn Resorts(Macau)/ウィン・リゾーツ」の3社が落札した。

 そしてマカオ政府は、さらにカジノ・ライセンスのまた貸しを認めた。その結果、SJMはスタンレー・ホーの長女のパンジー・ホーがトップを務める美高梅金殿超濠(MGM Grand Paradise)にライセンスを貸した。GEGはラスベガス・カジノの超大物シェルドン・アデルソンが率いるラスベガス・サンズにライセンスを供与。アデルソンは「金沙中国(Sands China) /サンズ」を立ち上げた。ウィンはこれまたスタンレー・ホーの長男のローレンス・ホーにライセンスを貸与し、彼はメルボルンに居を構えるカジノ会社クラウンと組んで「新濠博亞娯楽(Melco Crown Entertainment)/メルコ」を設立した(2017年に資本比率が変わったことなどもあり「新濠博亞娯楽(Melco Resorts & Entertainment)」に社名を変更。少々、分かりにくいが上記のように社名は英語のみ変え、漢字名は変えていない)。

 このように、3社がそれぞれ1社ずつにサブライセンスを供与したため事実上6社によるカジノ体制となった。外資であるMGMとサンズ、クラウンはサブライセンスを利用してマカオ進出を実現させたことになる。

IRリゾートに行けばほとんど全てがある

 6社は潤沢な資金を背景にすごい勢いでカジノの建設を始める。マカオは大きく分けてマカオ半島とタイパ、コロアンをいう2つの島から成り立っているが、まずは、中心地であり世界遺産が多くあるマカオ半島の攻略から始めた。外資によるカジノが最初に開店したのは、2004年の「澳門金沙(Macau Sands)」だ。フェリーターミナルそばに作られたこのカジノは“ラスベガスがマカオやって来る”ということで、カジノの前は多くの人が入場を諦めたくなるような長蛇につぐ長蛇の列ができ、結局、約半年で建設費用を回収するほど多くの人を集めた。ただ、マカオ半島の商業地である南東エリアは、これまでも埋め立てを繰り返してきたが、もうあまり開発の余地がないため、敷地面積的には彼らが満足するほど大きくはない。そこで土地が余りに余っていたタイパ島をカジノの街にすることとなった。マカオ半島のカジノはタイパでの施設運営のためのノウハウ習得と建設資金を稼ぎだす場所ともいえた。

 カジノはタイパ島のコタイ地区に作られ「路氹金光大道(Cotai Strip)」というコロアンにもつながるタイパ島を南北に貫く通り沿いを中心に建設が始まった。主なカジノを列挙すると、SJM系は2018年2月に「美獅美高梅度假(MGM Cotai)」オープンし、2019年第1四半期の開業を目指し2000室の部屋数を誇る「上葡京(Grand Lisboa Palace)」を建設中だ。