〈第3章〉マーケターに求められるものとは?

「疑う力」と「人間理解」がないと変革は起こせない

中見 リテールのマーケターに求められる素養、能力は何か。若いマーケターは何を学ぶべきでしょうか。

 

富永 これは深いテーマですね。疑う力みたいなことなのかな。このやり方をしていればOKというような型のようなものが社内やマーケティングの歴史の中にたくさんありますが、実は今、私が説明したことの中には、型通りやっていたら絶対にうまくいかないことがいくつか含まれています。

 この型を疑える力がないと変革は起こせない。小売業では、マーケティングの常識となっているターゲットを作ったら、かえってまずいことになるというのは、コトラーに向こうを張るような話で、若い人はまさかと思うでしょうが、理詰めで考えていくとそうなることが分かるのです。疑って考え抜いて、考え抜いたことに対し、自分を信じてあげる力が、まずベースとして大事だと思います。

 次に勉強の方法。どういう方向に自分を研鑽したらいいかということですが、私は人間理解だと思っています。プライシングのところで消費者行動研究の話を援用しましたが、これは人間にはどのようなバイアスがあるかを体系化して、いかなる間違いをしがちなのかを説明してくれる学問です。あらゆる認知科学もそうですし、心理学もそうだと思いますが、人間がどのようなインプットに対していかなる反応をするかをきちんと理解し、それを対し、インターナル(社内)でもしっかり営業できるようになるのは、百利あって一害ないと思います。4Pマーケティングとか、メディア論とか、CMは6秒の方が15秒より効くとか、他の全てのことは人間理解よりもプライオリティは低いと思うんです。マーケティングをやりたい人はマーケティングの教科書を読むと思いますが、その前に人間系のことを学ぶべきではないかと私は思います。

中見 富永さんはそのことをどのあたりで分かるようになったのでしょうか。

富永 私は本当に運がよかったのですけど、コダックにいるときに上司がAIDMAについて教えてくれました。その説明を聞き、「あれ、この通りに買っている」と思いました。理論に自分の行動を説明されたというか、理論に自分の心の中を見透かされたような気がしました。こうした体系化された知識や理論はすごいなと感じて、マーケティングの勉強をしようと思いました。

 マーケティングといってもいろいろな分野があって、最初はブランディングをしようと思いました。ただ、実際はあちこちでいろいろやっていました。社会人9年目に日本コカ・コーラに行って、コミュニケーション・プラットホームというか、販売プラットホームの「Cモード」を作ったのです。「Cモード」は携帯と自販機をリンクさせたシステムで、飲料自販機でケータイコンテンツが買えたりする当時としては新しいシステムなのですが、これのブランディング、新たなビジネスモデルを一回、自分で考え抜いて作りました。最初は何を決めていいのかが分からない。広告代理店に丸投げしないで自分の頭で考えてコンセプトを書いていく中で、「ああなるほど」、コアバリューというのは経験なのだとか、コンセプトというのは関係性のアナロジーなのだといった物事の本質的なことが腹落ちがしたのです。自販機のブランド価値を考える中で、消費者行動研究の本が大変役に立ちました。人間はこのような順番で考えるだとか、こうした刺激に対してこう反応するということが体系化されていたからです。

お客さま視点とチャネル視点を持つことも重要になる

富永 それまで日本コカ・コーラでは、ブランドマネージャーが一番偉いと思っていたのですが、あっ、違うと思ったのそのときです。自販機で買うときと、コンビニで買うときとを比べると、コカ・コーラのバリューは違います。チャネルの付加価値があり、それはブランドマネージャー側からコントロールできない。つまり、ブランドマネージャーは、コカ・コーラの購買経験をまとめてコントロールしていると言えないわけです。そうしたことに付いて、「私はチャネルが好きなんだな」と思って、今に至ります。

中見 商品を売るために、どのようなブランドに育てていくべきかを考えるのがブランドマネージャーの仕事ですよね。その際、商品をどこで販売すべきか、チャネル発想が重要です。コンビニ、自販機、SMで買う時の消費者の気分や求めていることは違いますしね。

富永 そこは大きいですね。それにプラスして、作業をする中で自分に足りない知識や考え方、スキルが人間系のことなのだということがおぼろげながら分かってきて、そこに行ったということもあります。

中見 その考え方は、セブン&アイ・ホールディングスの元会長、鈴木敏文さんのお客さまの視点、心理学をかなり重視されたところと非常に似ているなと思います。鈴木さんはマーケターではないかもしれませんが、ビジネスを組み立てる中で、お客さまにとって何が必要で、何に困っていて、コンビニという場所で何が求められるのかを常に消費者の視点で考えていた。そうしたことを若いマーケターは勉強すべきなのでしょうか。

富永 自分でやってみることが大きいのではないでしょうか。例えば、クライアントの担当者が広告代理店に対していろいろなブリーフィングをしますが、担当者が自分でクリエイティブ・ブリーフを書いたことがあるかどうか。上っ面な理屈ばかり書いていると、いつまでたっても、上辺だけのクリエイティブ・ブリーフから抜け切れない。毎回、ブリーフィングのときに、実際、これでやったらどういうクリエイティブになるかを想像して、その想像を踏まえてクリエーターが出してきたものを評価することをしないと、いいフィードバックもできない。

中見 どうすればその能力を得られるのでしょうか。

富永 例えば、自分が考えたアイデアをパワーポイントに落とすときに、漫然と落としていないでしょうか。最初に全体像があって、課題提起があって、絞り込んでいく演繹の作法があります。ただ面白いことを書きなぐっていないか。まずはロジカルな演繹的なものの考え方ができるようになるという第一歩があります。トレーニングをしていない人がこれをやると結構大変で、ここで半数くらいは脱落します。

 これができるようになったら、ロジカルに作ったものをどうやって右脳的に見せるかという変換をするんです。ゼロを一切使うのをやめようとか、倒置法的に考えてみようとか、一回ロジカルに組み立てたことをよりインパクトを出すような見せ方にしようというようなことをやります。これはクリエイティブ・ブリーフほど高度な思考は要求されませんが、自分が言いたいことをいかにクリエイティブに表現していくかという、まさに磨き込みの作業です。自分の頭を使って磨き込んだらどうなるかというシミュレーションや実践を行うことになります。

自分が想像できることは難しく見えても大抵実現できる

中見 マーケティングをやっている人たちはさまざまな人に説明することが多いので、頭の中をどう分かりやすくシンプルに伝えるかが能力として必要ですよね。

富永 そこは全くその通りで、あとはどうやったら、マーケティング文化が希薄な小売企業の中で、社内のキーとなるさまざまな部門の人々に対し、顧客視点でロジカルに説得できるか、そのマネジメント能力がマーケターには常に求められます。

中見 富永さんはメーカーからサービス業、小売業といくつかの会社を経ていますが、マーケティングのベースがあり、軸がぶれないので、それぞれの立場によってやり方を応用しながらやっていらっしゃる。そうした人はなかなかいませんよね。

富永 運が良くて、その時々で、それを経験したらこう伸びるみたいなことがたまたま見えたのでしょう。最初から軸があったわけではなく、運と文脈の産物ですね。

中見 運はつかめる人とつかめない人がいるというか、運をどう生かせるかですね。

富永 人間が思い付くことには限りがあると思うのです。人間が自分で想像できる程度のことは、どんなに無理に見えてもできることだと思います。人間ができないことは想像できないと思うのです。何かを創造したいな、こうなりたいなと思ったことは全部できるのだと思ってやってみると、いいのではないでしょうか。

中見 すごく共感します。私も実務をやっていて、40歳で学術の世界に足を踏み入れた際にこの先全くどうなるか見えなかったのですが、やってみないとそもそもどうなるかなんて分からない。やってみる中で自分の立ち位置を探りながら、学術と実務の架け橋をしたいと思って、これまで続けてきました。諦めない、粘っこさが必要でしょうか。

富永 思い付いたらやってみることが大事ですし、損切りするのも大事です。一回何かにコミットしてしまうと、止めるのが大変。でも、それ以上にいいことが目の前に出てきたら、そっちに移ること。転職みたいなことは特にこれがあると思います。

中見 やり続けて、それが向いていないのにやり続けるのは、自分だけでなく、他者にとってもよくないかもしれないですね。

富永 向いているけれど、もっと向いていることがあった場合は、なお難しいですね。