1962年東京生まれ。創業者・鈴木誠一氏の三女。上智大学外国語学部イスパニア語学科卒業後、日産自動車に入社。その後、クラランス、LVJグループ(現・LVMH GROUP)など外資系企業を経て独立。2009年にデザインコンサルティング会社の代表としてエステーに関わり、49歳の時に請われて営業本部付で入社。13年に叔父の鈴木喬会長から次期社長の打診を受け、51歳で社長に就任。(撮影)室川イサオ

時代に即した新しいものをドンドン取り入れる先見性と勇気があり、市場を開拓して今までなかったマーケットをつくり出していく、そんな企業家たちを紹介する連載「革新企業家たち」。第5回はエステー社長の鈴木貴子さん。創業者・鈴木誠一氏の三女として取り組んだ改革に迫ります。

「レボリューション」を具現化した本社ビル

 

 久しぶりにJR高田馬場駅に降り立った。商店街を通り抜け、神田川の向こうに見えてきたのがエステーの本社ビルである。

 もう何年たつだろう。現会長でユニークな経営者として知られる鈴木喬社長(当時)にインタビューしたのは。

 そのときとはまるで別の会社のような社屋が現れ、思わず目をこすった。 

 

 建物内に入るとさらに驚いた。入り口ホールは吹き抜けで中央にシンボルツリーがあり、外からは光がさんさんと入ってくる。当時は、昭和の町工場のように社内の雰囲気も雑然としていたが、今は建物の外観も執務フロアも洗練されていて今時の様相だ。

 現在の社長は、鈴木喬氏の姪で創業者の三女、鈴木貴子さんである。2013年に社長に就任して5年がたった。

「この部屋(社長室)に、まさか自分が入ると思わなかったんです。当時、社長になるなんて思っていなくて、震災の後に建て直そうということになって、外側のデザインも含めて、建築家といろいろご相談しながら、内装は私も意見を出させてもらって創りました」。その頃、貴子さんは、喬社長に請われて社内の「デザイン革命」をけん引していた。

「会長の作った言葉『世にないことをする会社』であれば、世にないことをする社員でなければできないし、そういう社員を育むためには自由な、物理的にも風通しの良い場所でなければなりません。そんなビルの中で社員たちが自由な発想で、イノベーションが起こせるようにしたいなと」(鈴木貴子社長)

 本社ビルの名前は「STRセンター」。エステーを改革するためにフォーメーションを変えるという意味で、エステ―・リフォーメーションとつけたのだが、貴子さんが社長就任時に、「フォーメーションを変えるだけではなくてレボリューションにしましょう」と、意味を変更した。

業績をV字回復させ、18年3月期は過去最高益

 その頃、エステーは利益の出ない状況に陥っていた。2008年に売上高470億円、経常利益27億7000万円、連結純利益12億9500万円、売上高営業利益率6.8%だったのが、貴子さんが社長に就任する前年の2012年には売上高463億円、経常利益8億4000万円、連結純利益7500万円、売上高営業利益率が3.8%にまで落ち込んでいた。

 就任5年後の今、2018年3月期は売上高486億円、経常利益34億円、連結純利益24億円、売上高利益率7.2%とV字回復させ、13年ぶりに過去最高益を出している。

 

「結果が出たことによって、自分がやっていることが間違ってないという、それは確かな自信になりますよね。結果が出るまでは、そういう自信には結び付かないですから、それは外にも伝わっていたんじゃないかなと思います。今でこそようやく結果が出て、このやり方で間違いないというふうに、はっきりと指し示すことができるし、社員の方も安心してついてきてくれるようになったんじゃないかなと思います」と謙虚に穏やかに語る。

世界のニッチトップ企業と言われるゆえん

 

 エステ―という社名を知らない人はほとんどいないであろう。世界のニッチトップ企業と言われる日用品メーカーで、売上構成比は2018年3月期、「消臭力」に代表されるエアケア(消臭芳香剤)が全体売上げの約42%、「ムシューダ」など防虫剤の衣類ケアが19%、使い捨てカイロのサーモケア13%、家庭用手袋のハンドケア12%、「米唐番」などのホームケアが8%、除湿剤の湿気ケア6%となっている。

 商品名を聞けば、「あっ、あれ」「使ったことある」「今も家の中に」と身近に感じられる方も多いだろう。テレビCMもインパクトがあり、それで記憶に残っている方もいるのではないだろうか。

 特に「ムシューダ」の売上げは、国際市場調査会社「ユーロモニター・インターナショナル」から世界NO.1ブランドとして認定され、防虫剤はマーケットシェア1位、冷蔵庫用脱臭剤1位、除湿剤1位という占有率(インテージ「SRIカテゴリーによってフィルターあり」2017年1~12月で集計)を誇っている。

自分の腑に落とし、自分の言葉で社員に伝える

 それにしても、創業家とはいえ、女性社長の就任に社内の反発が少なからずあったのではないだろうか。

「戸惑いはあったと思うんですが、今までの男性リーダーと全く私のスタイルが違うものですから思ったほど抵抗はなかったです。ただ仕事を進めていく上で、やはり今までのやり方を変えるという場面、場面では抵抗はありました。

 それも、上からモノを言うのではなくて、同じ位置で、目線を合わせて、真剣に誠実に対話を重ねていくということで最後は皆、分かってくれますし、口で言ってイメージできない商品のデザインなどは、自分でイメージ画像のようなものをいっぱい集めてきて並べてみるとか、そういうことをしつこくやっていったんですね。

 今では、そんなことしなくても皆すごくよく私がやりたいことというのを理解してくれるようになったので、とても今は楽になりました。私から企画を出さなくても、むしろ社員から『これいいね』と、どんどん出てくるようになったので、それは本当によかったなと思います」

経営理念、社是、社名の由来を改めて見詰め直した

 

「社長になったときに、経営理念とか、社是である『誠実』という言葉とか、社名の由来とか、改めて見詰め直して、創業者にも改めてそのあたりの話をいろいろ聞いたんです。そのときに気付いたことがあって、そうか、エステーのサービスとトラストとはそういうことなのかと。今の時代に置き換えたらこういうことをしなければいけないんだということを思いました。『誠実』という社是も、創業者に聞いて初めて知ったのは、いわゆる人に対して誠実であれということとともに、言ったことを成す、そして夢を実現する、という意味を込めて創業者はつけたんです。

 そういうことを、社長になるからには一つ一つひもといて、自分でまずは自分の腑に落とす。それを自分の言葉で社員に伝える。これをやらないと売上げだ、利益だというだけでは、皆やってくれないですよね。何のために私たち、企業活動しているんだろうという納得感がないと」

「当時、本当に利益が漸減していって、何とか回復させなくてはいけない。でも、私たちはご飯を食べるために生きているわけじゃないよね。他に生きる目的ってあるよね。生きがいとか別にあるよね。私たち、エステ―の目指していることがあるよね。だけど、利益がないとみんな一緒にやっていけないんだから利益出そうよって、そういうものだからね。というところから始まったんです」