本当にあった子供服売場での接客エピソード

「いやいや、いくらなんでも葬儀用なんて」と笑った方に、私が体験したエピソードをお伝えします。新入社員研修で、百貨店の子供服売場で販売研修をしていたときのことです。

 子供服売場の来店客層はママとお子さまの組み合わせが断トツに多く、それ以外ではご家族、ご家族と祖父母でのご来店客が中心になっています。

 ある日、お年を召した男性客がお一人でいらっしゃいました。

 子供服売場に大人の方だけでいらっしゃるときは、大抵がプレゼントをお探しです。プレゼントなら予算もあるはずだし、どんなものが喜ばれるのか分からなくて迷ってしまうはずだから、早めにお声掛けしなくては。

 そう思った私は笑顔で「いらっしゃいませ」と言いながら、男性客に近付きました。あまり反応は良くありませんでしたが、パンツラックを見ていたので「カーキの色、いいですよね。こちらのタイプが人気ですね~」といった軽い接客トークもしたと思います。「うん」と少し小声でぼそぼそっと言葉を返してもらえたタイミングで「プレゼント用ですか?」と明るく問い掛けました。

パンツラックを見ていた男性客が探していたもの

 今でも忘れられません。男性客は顔を上げ、少しムッとした顔でこう言いました。

「オレが着るんだよ」

 その目は『オレが来ちゃ(着ちゃ)いけないのか?』と訴えているようでした。他のスタッフがいたらうまくフォローに入ってもらうこともできたのでしょうが、そのとき一人で店頭にいた私はとっさに「大変失礼いたしました」と謝ることしかできませんでした。顔にも「ヤバい」と出ていたと思います。その後も少しだけ店内の商品を見てくださいましたが、もちろん購入はせずお帰りになりました。

 休憩から戻ってきた研修先の店長にこの話を報告すると、こうしたニーズは意外とあるのだと後から知らされました。年齢を重ねると身長が縮むため、市販のメンズ売場でのパンツだと丈が余る、ウエストが合わないという理由で、子供服売場で自分のはくパンツを探す男性客は意外といらっしゃる、とのこと。

 私は「男性客ならターゲット外だから、プレゼント用商品を探しているに違いない」と思った自分の思い込みを、浅はかな常識を、声掛けの内容を恥ずかしく思いました。もちろん、うまく接客できたからと言って、この男性客が購入してくれたという保証はありません。もっと言えばこうしたことは、通常の子供服販売とは違うのでレアケースかもしれません。

 でも、いつどんなお客さまが来店するのか、お客さまが何をお探しなのかは、私たちは分かりません。さらにお客さま自身だって、何かは欲しいけれどぼんやりとして分かっていないこともあります。あらゆる可能性を考えて、お客さまの欲しいものを見つけるお手伝いをすることが、商品を販売するということなのではないでしょうか。

百人お客さまがいたら、百通りの選択肢が存在する

 1968年に出版された『マーケティング発想法』という本の中に、「昨年、4分の1インチ・ドリルが100万個売れたが、これは人びとが4分の1インチ・ドリルを欲したからでなく、4分の1インチの穴を欲したからである」、つまり「ドリルを買う人が欲しいのは、ドリルではなく『穴』である」という有名な格言があります。現代でも経営者が、顧客ニーズを大切にする意味でよく口にするセリフです。

 ドリルは穴を開けるためのアイテム(=手段)です。顧客は穴が開けたいから適切な穴を開けられるドリルを探しているわけで、穴(=目的)が達成されるためにドリルは売れた、という意味だと私は理解しています。

 このままでも何となくニュアンスは伝わるのですが、女性でありDIY経験もゼロの私には分かりにくいため、私は自分流にこの格言を黒いパンツに置き換えて「黒いパンツ理論」と呼んでいます。黒いパンツなら男性、女性、年齢問わず誰でもはけるので、イメージしやすいアイテムです。本来の意味からはずれているのかもしれませんが、今でも私の考えのベースにはこの理論があります。