商品はたった一つ、1本280gで3000円のガトーショコラのみ。グルメサイトで1位という人気で、予約は1カ月以上先までいっぱい。

個人店でも出店が当たり前になったインターネット通販。今や実店舗の売上げよりも、通販の売上げが多い店も少なくない。そんな中、売上げの6割以上を占めていたネット通販を一切やめた店が東京・新宿にある。その理由と結果には、商品とお客に対する店主の思いがあった。

 東京・新宿御苑近くにある「ケンズカフェ東京」は、世界最高級のチョコレートを使用したガトーショコラ専門店だ。商品はたった一つ、280グラムで3000円のガトーショコラのみ。グルメサイトで1位になるほどの人気で、年商は2億円以上。予約は1カ月以上先までいっぱいだ。

 店内に入るとチョコレートの匂いに包まれ、積み上げられたチョコレート色の化粧箱の数に圧倒される。

「お客さまは『チョコレートのいい匂い!』と笑顔で喜んでくれます。通販の場合には送料を負担に感じますが、遠方から来店して交通費がかかっていても、負担には思わないんですね」というのは店主の氏家健治さんだ。

売上げ6割以上を占めるネット通販をやめた理由

来店客に従業員から手渡される高級感ある化粧箱とロゴ入り紙袋に入った商品。店売りだからこそありがたみがあり、笑顔になる。

 氏家さんは、かつて売上げの6割以上を占めていたネット通販を2015年頃に一切やめ、店売りに特化。現在は同店での直販の他、銀座と池袋の百貨店に卸して数量限定で販売している。

 今や実店舗でもネット通販での併売は当たり前だが、氏家さんもその一人。通販を行っていたときの販売個数はピーク時で1日200個、平常時でも1日50個以上。氏家さんは、自分でもまさか通販をやめるとは思っていなかったという。

「みんながネット通販に慣れてきたからこそ、僕は逆張りでいこうと」

 同店の商品は全て手づくり。数量をたくさんつくれないため、利益を上げるには単価を上げるか、無駄なコストを減らすしかない。通販の場合には商圏は広いが、梱包や発送、受発注管理などに手間ひまがかかる。しかも、お客との接点は宅配業者で、受け取るのは段ボールなどで梱包された商品だ。

 さらに誤配や遅延があり、「誕生日にガトーショコラが届かなかった」「商品が届かなくて子どもが泣いている」など、顔の見えない顧客からのクレームが氏家さんを悩ませていた。クレーム対応のために、静岡県までバイク便を飛ばしたこともある。3000円の商品に対して、バイク便の費用は2万円かかった。

 一方で、店売りなら目の前にある商品をすぐに手渡すことができ、1本3000円を3秒で売ることができる。お客に来店してもらうのが最も利益率が高く、顔を見てコミュニケーションがとれる。接客するのは商品をつくっている従業員で、同店ならではの高級感ある化粧箱とロゴ入り紙袋に入った商品を渡されるため、ありがたみがある。

通販をやめて店売りに特化。来店客には焼きたての商品が渡されるため、ますます評判に。売り方を変えたらお客の満足度が上がった。

 氏家さんは売上げが下がるのを覚悟の上で、最初は一時的に、その後は全期間の通販をやめた。来店したお客には焼きたての商品が渡されるので、よりおいしく、ますます評判になり、グルメサイトでのレビューの点数が上がった。売り方を変えることで、お客の満足度が上がったということになる。そして、そのレビューを見たお客がさらに来店するという好循環になった。

 下がると思っていた売上げは、ネット通販をやめた年は前年と同程度。現在では通販メイン時の約3倍で、利益率は以前よりも2割ほど上がった。

 店売りにしたため、最寄り駅に店までの地図入り広告を複数展開し、お客が来店しやすくした。駅の利用者だけではなく、電車の乗客からも問い合わせがあるという。「デジタルの時代だからこそ、アナログ広告が効きます」という氏家さん。広告の使い方も逆張りだ。

百貨店や商品監修と意外な注文が続々

世界最高級の材料を使った商品は全て手作りで、大量にはつくれない。利益を上げるため、通販にかかる時間と費用を削ると決断。

 氏家さんが通販をやめた後、意外なところから注文が入るようになった。地元の優良顧客を抱えた地方百貨店の外商部や、高級車の販売店から顧客への手土産としてたくさんの注文が入るなど、質の高い顧客に見合う商品として喜ばれている。

「同じような商品でも、通販をやっているものとやっていないものでは、ありがたみが違います。これは思った以上の効果でした」と氏家さん。

 さらに、3年ほど前にはコンビニ大手「ファミリーマート」のスイーツ監修をする仕事が舞い込んだ。氏家さんは店を増やすつもりはないが、コンビニのスイーツは監修してみたいと思っていた。

「通販をやめたら、この仕事が入ってきた。何かを捨てたら、何かが入ってきた感じです。コンビニ1万8000店舗で、僕が監修したスイーツが販売されている。店を複数持つよりも良かったと思います」

 氏家さんが監修したチョコレートタルトは現在、毎月100万個を売上げており「ケンズカフェ東京」の店名が100万人に知られていることになる。ロイヤリティをもらいながら、自店の広報にもなっているのだ。

 氏家さんがこのような売り方にできたのは、商品が最高品質だということがある。

「僕は“商品は最大の広報”だと思います。たった一つの商品でも、それを磨き上げていたら広がった。そのために販促活動や広報など、売るための努力はものすごくしているんです」

商品一つでも価格や包装、ロゴ、売り方に変化

イタリアンレストランとして開業した同店。ガトーショコラという商品は変わらなくても、外装や包装、ロゴを変更して売り方を工夫。

 同店は1998年、氏家さんがイタリアンレストラン「ケンズカフェ」として開業。開店当初はやりくりできていたものの、次第に売上げが落ち、氏家さんは毎月赤字が50万円という厳しい状態を経験している。

 その苦境を救ったのが、当時デザートとして提供していたガトーショコラだ。お客から「おいしいから持ち帰りたい」と言われて商品化したところ評判になり、その後、2008年にガトーショコラ専門店「ケンズカフェ東京」とした。

 それ以来、ガトーショコラという商品は変わらなくても、外装や包装、ロゴは変更している。これにより、お客は商品が一つでも「変わった」と認識することになる。これも氏家さんの売り方の工夫の一つだ。

「商品の見た目が地味なので、どうすれば売れるかを考えざるを得なかった。危機感があったからこそ考えました。変わらないということは遅れていくことです」

 また氏家さんは、当初1本500グラム1300円だった商品を少しずつ値上げしている。1500円から2000円に値上げした際、一部のお客は離れたが、全体の客層は良くなった。3000円に値上げしたら、もっと良いお客が来るようになった。

 値上げと同じで、通販をやめることも氏家さんが決断した。売上げだけを考えたら、通販をやめるという選択はできなかった。「将来、どういうお客さまと出会いたいか」と考え、数年前、試みに通販をやめた。すると、商品を本当に欲しいと思うお客が遠方からわざわざ来店したり、東京の知人に頼むなどして、どのようにしてでも手に入れることに気づいた。

「値上げしたときにお客さまの質が変わったのと同じで、なぜ来店するお客さまは素敵なのに、通販のお客さまはクレームを言ってくるのかと考えたんです。結果として今が良くなっているのは、良いお客さまに出会えているからですね」

 開業から20年を迎える自店は「ガトーショコラといえばケンズカフェ東京」と言われるようになった。今後はスイーツ監修をしているコンビニのブランディングに注力したいという。

「3年以内にチョコレートの覇権を握り、“コンビニでチョコレートといえばファミリーマート”といわれるようにしたいですね」

ケンズカフェ東京オーナーシェフの氏家健治さんは1968年東京生まれ。大学卒業後、老舗ホテルや高級レストランなどで修業。98年独立、イタリアンレストラン開店。店のデザートが評判となり、2008年ガトーショコラ専門店「ケンズカフェ東京」とする。大手コンビニのスイーツ監修、全国で講演活動なども行っている。

※本記事は『商業界』2018年4月号に掲載されたものです(内容は取材当時)。この記事を含めて、特集「売れないものを売る方法、こんなにあります!」では、商品を変えなくても売り方を変えることで売上げを伸ばす手法を紹介しています。

企業名/(株)ドメーヌ
店舗名/ケンズカフェ東京
所在地/東京都新宿区新宿1-23-3
代表者/氏家健治
設立/2009年 (創業1998年)
年商/2億1100万円
従業員数/5人

地図エリア