2017年8月28日に渋谷支店で開催された3店合同のグランドオープンの様子。

 横浜、神戸の中華街に代表されるように日本では中華系のシェフによる本格中華料理が食べられる。炒飯や麻姿豆腐、餃子などはもはや日本の家庭料理になるまで浸透している。そんな中、ここ数年、香港独特の飲食店の形態である茶餐廳(ざっくり広東語で発音すればチャー・チャン・テン)がオープンし始めた。その1つが東京の市ヶ谷と渋谷、大阪の心斎橋に店を構える華記茶餐廳(Wah Kee Restaurant)だ。

オーナーのアレックスさん(左)。常に気を使う細やかな神経も持っている。
茶餐庁のベーシックメニュー「乾炒牛河」(880円)。平麵のやきそばで、牛肉、モヤシ、長ネギが入る。しょうゆなどで味付けする。

「2013年に日本に来ましたが、食べ親しんでいた茶餐廳の料理が食べたくなったからです」と語るのはオーナーの楊官華(アレックス・ヨン)氏。もう少し茶餐廳について記すと、香港は150年もの間、イギリスの統治下にあったため、西洋料理と中華料理が融合されたような形態で、お粥、炒飯もあればフレンチトースト、サンドイッチ、フライドポテト、季節の魚の姿蒸しまで幅広くある。香港ではこの茶餐廳が最も親しまれているスタイル。朝食を家でとらない人が少なくない香港人は、茶餐廳に寄ってから出勤する人が多い。

 例えば、ロンドンのチャイナタウンに行くと英語の店名と同時に「香港式餐廳」と漢字で書かれている看板を目にするが、それは茶餐庁を意味する。いかにこのスタイルが香港を象徴しているかを表していると言えよう。ロンドンにもあるこの茶餐庁が、さまざまな中華料理店がある日本で、最後のピースを埋めようとしている。

外国人はランチで2割、ディナーで5割

アレックス氏が東京の不動産について書いた著書。
不動産を見るツアーも企画。

 日本政府観光局(JNTO)によると16年に日本を訪れた香港人は前年比20.7%増の183万9200人と過去最高を記録。10回以上の来日経験がある香港人は約23.4%にも上る。一見さんが多い中国人とは全く異なり、常連客だ。その結果、日本を旅行する中で“勉強したい”“住みたい”“働きたい”と考える香港人が増えても不思議でない。その流れの中で、茶餐庁が増えてきたとも言えそうだ。

 アレックス氏によると「ランチは日本人8割、ディナーになると日本人の割合は5割」の構成だが、裏を返せば夕食の残り5割は外国人ということになる。「10年以上日本に住んでいる香港人もいたりしますから」。中華系のコミュニティーはネットワークが広く、口コミで店の存在を知り、なつかしさを求めて来店する香港人も多いようだ。

 茶餐庁を開いたもう1つ理由がある。実はアレックス氏の本業は不動産エージェントだ。香港では03年からセンチュリー21のフランチャイジーだったが、香港における不動産市況が明るくはないと判断。13年に来日し、日本でもセンチュリー21に加盟し、フランチャイジーとしての運営を始めた。「香港人を中心に日本の不動産について関心が高い中華系の人間は少なくなくありません。私の店は彼らが来日して不動産物件を見る際に、彼らをもてなす場所としての機能もあります。ただ、最終的には香港人、中華系の人々、中華文化に興味のある日本人が集まる集いの場としての役割も持ってほしい」と思いを吐露する。

出店でぶつかった「日本人社会の閉鎖性」

 アレックス氏は不動産会社を東京で営んでいるため、土地勘や人通りの多さなどの情報は当然持っている。しかし、残念ながら閉鎖的な日本人社会という面が顔を出し、日本で飲食店ビジネスをしているといっても「外国人だから」という理由で物件を借りるのを断わられたケースが少なからずあった。「幸い2軒のオーナーからOKが出て、最初の店は、私の不動産オフィスから近い市ヶ谷に決めました」

 香港と日本を比べた場合、飲食店の経費構造が少々異なる。家賃は、香港の方が日本の約3倍。人件費は、日本の方が香港の2倍。「家賃を考慮すると、人件費がかかっても十分に吸収できると考えています。大事なのは働いている人たち。当店のホールスタッフはワーキングホリデーや留学生が50%を占めます。わざわざ日本に来ているのですから、働く面でもモチベーションが高いのです」。もちろん、シェフにもこだわりを見せ、10年の日本在住の経験がある香港人や中国人シェフを雇い、本当の味を提供している。

 現在の収益は市ヶ谷店では“トントン”で、渋谷と開店したばかりの心斎橋支店はまだ黒字にはならないが、「3店舗に増えて食材調達が楽になりました。市ヶ谷のお店を含めてオープンしたばかりですので、もう少し時間が経過して、日本における経営ノウハウなどを得ることができれば大丈夫でしょう」と運営には自信を見せる。

日本で感じた「食品ロスへの問題意識」

 今後は、「鴨料理の店」(“月島=お好み焼き”というように、香港では“鴨料理を専門に出す店=深井”という地域がある)か、点心の店を出店したいと思っています」と夢は広がるが、「当面は華記の経営に集中していきます」

 印象的だったのは、取材中にアレックス氏から「残り物の食料」について質問されたことだった。理由は単純に(捨てるのは)「もったいない」と語り、「ホームレスなどの人に食料を無料であげることも考えた」と話す。日本ではここ数年、賞味期限や食品ロスの問題が話題になっているが、日々、余った食料は捨てているのが現実だ。

 日本人のメンタリティーを持ちつつも、こうした課題に対して本気ですぐに動き出そうとする行動力とスピード感は日本人以上。アレックス氏はフェイスブックなどのソーシャルメディアを駆使して店の宣伝をするほか、8月19、20日に幕張メッセで開かれた「サマーソニック」のコンサートに飲食店を出店するなど、フットワークが軽い。

 飲食業は比較的参入障壁が低いため、素人でも飲食ビジネスを始められないことはない。だが、その分、競争も激しく、淘汰される確率も高いもの。そうした中で、アレックス氏はビジネス展開の際に自らのバックグランドを生かしている。「不動産業×飲食業」としての次の一手が楽しみだ。