ウィーチャットペイで支払いができるコンビニ(運営は2016年設立の百鮮網智能科技有限公司)。開店したばかりのため、店内に従業員はいたが、店名に「無人スーパーマーケット」と入っているように、無人での運営を行うのだという。

 2017年後半、インターネット上では、にわかに「深圳」ブームとも言われる現象が起こった。

 例えば、「日本が中国に完敗した今、26歳の私が全てのオッサンに言いたいこと」という記事が注目を浴びた。

 また、深圳企業のテンセントがインスタントメッセージからフィンテックにその業務分野を伸ばし、その利便性と人気が日本でも注目されることになった。現在ドローンにおいては75%以上のシェアを深圳のDJIという会社が占めている……などというニュースが頻繁に流れた。

かつて、深圳のイメージは「山寨の宝庫」だった

 このような「深圳=先端技術」ともてはやされる少し前までの深圳といえば、「山寨の宝庫」というイメージであった。山寨とは、元々「山の寨(とりで)」のことで、小さなメーカーなどが群生している様子を例えたもの。小さな非ブランドの部品メーカーが作ったいわゆる「偽物」家電製品などを指す。中国ではiPhoneに似た山寨のHiPhoneという携帯電話が売られているといったニュースに出てくるHiPhoneのような商品だ。日本のメディアなどにも取り上げられたことがあるので、「山寨」という言葉をご存じの読者の方も多いだろう。

 ここで挙げたような多くの「山寨携帯電話」が登場し、広く使われた。しかし、山寨携帯の広がりを、単に「偽物は安いから」「中国は知財に関する意識が低いから」という点だけで切り捨てるのではなく、新しい社会のあり方の象徴として分析した書籍がある。

 

 2009年に中信出版社から発行された『山寨革命』(阿甘著、日本語版『中国モノマネ工場』日経BP社刊)である。本書は3部構成で、1部が山寨携帯電話の実情、2部が「山寨革命」、つまり山寨による社会の変革について、そして3部は「山寨社会」として新しい社会のあり方について考察している。

 本書では、山寨を旧来の「ピラミッド型社会に対抗する新概念」と捕らえている。「ピラミッド型社会」とは企業や政府などの大きな組織の中に象徴される上意下達で進行していく社会であり、社会の構成員であるわれわれは組織の中で一歩ずつ上昇(出世)していき、最終的にトップに上り詰めるのが理想だと考えられる。

山寨社会では小さな山なりの形で成功するのが理想

 一方、「山寨社会」とは、それぞれが小さな山のトップになり、その山同士が緩やかに連携しながら物事が進行していくという社会の在り方である。山寨社会では、高い山に登るのではなく,小さな山なりの形で成功するのが理想とされる。

 例えば、ピラミッド社会なら、一つの製品を作るのにしっかりとしたコンセプトを下に部品が作られ(あるいは下請け会社に発注され)ていた。しかし、「山寨」商品の代表格である携帯電話は全く違う。深圳の華強北という地域は山寨のメッカだが、「華強北でビルを一回りすれば携帯電話が出来上がり、おまけに全部のブランドの携帯電話をそろえることができる」という言葉がある。

 部品を買い集め、それを組み立てれば携帯電話が一つ完成するぐらいに、一つのビルの中に小さな部品店がひしめき合っている。それぞれの部品店はばらばらであっても、それをうまく組み立てればブランド品(の偽物)が出来上がる、ということらしい。

中国人には元々、山寨的な考え方があった

 この山寨携帯電話が隆盛を極めたことで、社会の在り方、人々の考え方も変化した、というのが本書の指摘であるが、筆者の考えは少しそれとは異なる。

 山寨の隆盛があったから中国人の考え方が解放されたのではなく、元々、山寨的な考え方があったために、山寨商品が隆盛を極めたのであり、本書で紹介している山寨革命、山寨社会というのは、(おおざっぱないい方をすれば)中国人の思考パターンに通底するものであると考えられる。

 山寨社会のサプライチェーンの特徴をみると、それぞれ小さなメーカーあるいは商店が、限定的な分野で他と結び付いて価値ある商品を作り上げる。そのため、山寨社会では多様性が重要となる。自分ができないことができる他人を知っていることが重要なのである。それゆえ、人とのつながりもピラミッド型の強固なつながりから、弱いネットワーク型のつながりへと変化する。

 筆者に、山寨ブームについて教えてくれた人物と知り合うきっかけも「弱いつながり」だった。筆者が中国旅行に行く前に友人の華人女性に旅の目的を話したところ、その友人は「じゃ、この人に会ってみれば?」と言って一人のテレビ記者の名刺を出してきた。一度パーティーで一緒になったことがある人だが、実はその人のことをよく覚えていないが、筆者のニーズに合いそうだから……という。

 紹介を受けてその記者の男性に会ってみると、その人物も,私の友人のことをはっきり覚えているわけではないようであった。しかし、筆者の知りたかったことについて、人に聞いたり調べたりして十分な対応をしてくれた。正に弱いつながりが奏功し、筆者の旅の目的は遂げられたのである。