前回は日本の一般的な小売企業と、コストコ(最低時給1200円)の差がなぜ、生まれるのか。その要因について取り上げました。今回は、その続き。どうしたら日本の一般的な小売企業が時給を上げられるようになるのか? チェーンストア運動を含めた日本の歴史を振り返りながら考えていきましょう。

 江口:27年も給料が増える希望のなかった国に、これからの希望は、あるのでしょうか。自分たちの世代にはチェーンストアも希望にならないのですか。

 吉田:米国で約100年前に、チェーンストア運動が起こったのは、100%が個店経営だった小売業の生産性が低く、賃金が低かったからです。製造業の半分以下の賃金でした。

 わが国では1960年代からですが、渥美俊一氏は、初期の著書で書いています。番頭と住み込みだった小売業の賃金は低かった。このままではダメだと思い、米国のチェーンストアを紹介して、その人的生産性の高さを、わが国にも定着させようと思ったと。

個店経営で社員の賃金が低いのは生産性が低いから

 吉田:家業店を引きずった個店経営では、社員の賃金が低いのです。それは経営者が搾取しているからではありません。1人当たりの生産性が低いため、低い賃金しか払えないのです。生産性を上げるのは、多店舗経営のチェーンストアになることが不可欠で、商店街型の個店経営では、絶対に人的な生産性は上がらないのです。

ダイエーは年収1000万円超の幹部を200人作った

 吉田:これが、わが国のチェーンストア運動だったのです。シアーズをモデルに、チェーンストアを目指したダイエーは、中内功CEOが、1980年代末には年収1000万円を超える幹部を約200人作り、社員の希望にしていました。

 ダイエーの給料は、小売業に勤める800万人の希望でもあったのです今なら2000万円クラスの年収に相当するでしょう。

 残念ですが、ダイエーはバブル崩壊後の土地価格の下落から債務超過になり、今はイオンに買収されています。ダイエーは店舗敷地を、2兆円の銀行借入金で買っていたからです。敷地の価格が1/2や1/3に下がり、担保不足になって、それが直接的な原因になり経営破綻したのです。

  イトーヨーカ堂、西友、イオン(旧ジャスコ)、マイカル(旧ニチイ)、ユニーがその後を追っていました。

 これは、1980年代までのことでした。1990年から資産バブル経済が崩壊し、その後、約8年で、5社大手のうち、3社が事実経営破綻しました。

 編集部:ダイエーに年収の高い幹部が200人もいたとはびっくりしました。その時代は有名大卒の就職希望も多かったでしょうね。2000万円クラスの年収なら、今の銀行の幹部や役員です。

単位面積当たり売上げが半分に減り、状況が変わった

 吉田:小売業の経営に問題が起こったのは、1990年代からでした。百貨店の売上高は、当時の9兆円から今は6兆円です。残った日本型GMS(総合スーパー)は、90年代からのショッピングセンター(SC)の核店舗になって、年商は減らしませんでしたが、単位面積当たりの売上げは、半分に減っています。

 1店の売上げが半分に減っては、店舗経営は成り立ちません。以前、総合スーパーとしては、この売場面積で売上げが60億円だったが、今は30億円という具合です。27年間、年率3%で売上げが減り続けると、ちょうど半分になります。小売業大手は、ほぼ全店が同じだったのです。

 1坪当たりの売上げが減らなかったのはSMだけでした。その理由は、食品は原材料を海外から輸入しても、国内生産・国内販売だったからです。

衣料品、住関品はSPAで平均価格が1/3になった

 吉田:衣料品では、海外生産を輸入したユニクロを先頭にしたSPA(海外生産直売の専門店)の拡大によって、衣料全体の平均価格が1/3に下がり、衣料の総売上げは30%減って、5.7兆円になっています。だだし、衣料の数量では20億枚から40億枚に増えています。

 住関連の家具でも、3兆円の総売上げが1.5兆円に減っています。しかし、家具の販売数量は増えているのです。これも、ニトリを先頭にした海外生産のSPAによって、平均価格が1/3に下がったからです。30万円だった革張りのリビングセットは今同じ品質で10万円になっているからです。