友人の息子が居酒屋チェーンに就職した。都内の店舗で勤務し、昼過ぎに出勤して、明け方に帰ってくる毎日だという。成長著しい企業として、新聞等で名前を見掛けるチェーンである。創業時はオーナーと共に、寝食忘れて全員が働き続ける。しかし、店が5店、10店になっても、幹部たちはその感覚が抜けぬまま、従業員に長時間労働を強いる。外食チェーンで起きる不幸な事故も、創業時の成功体験と、繁盛を支えた激烈な労働環境がDNAとして継承されてきた結果であろう。昔も今も同じことが繰り返される。

 これから語る上尾店長(仮称)と下倉副店長(仮称)のお話は、十数年前に実際に起きた出来事である。手の抜き方を部下に教えて、その結果、店を安定させて、売上げを伸ばした上尾店長から、“自分がつぶされない”ための術を学んだ下倉副店長の回想である。

 上尾店長は30代で入社した異色組。下倉副店長より10歳年上。店で実績を上げ、スーパーバイザー(地区の店舗統括)に抜擢とれ、さらに執行役員にまで上り詰めた。下倉副店長も、すぐに店長に昇進した。ちなみに、お二人とも居酒屋チェーンを退職され、今は自らの会社を経営されている。

※本文中に明らかな就業規則違反が散見されるが、十数年以上前のお話であり、両名とも既に退職されているため「時効」とさせてください(筆者)

どんな手を使ってもクレームは未然に防ぐ!

「下倉、隠すんだ!」

「何を?」

「アンケートはがきだ!」

 その夜の、居酒屋「満天」チェーン(仮称)〇×店には、想定外の大勢のお客が詰め掛けていた。しかも運悪くキッチンとホールに病欠者を出していた。ホールを見るとお客のイライラ感が嫌でも伝わってくる。料理の提供が遅れ、店内は一触即発の状態に。その怒りの声は、店内に置かれたアンケートはがきに書き連ねられることは、他店の例を見ても明らかだった。

 そのとき、上尾店長の取った行動は、アンケートはがきを「隠す」ことだった。

 当時の居酒屋「満天」チェーンは、アンケートはがきを非常に重要視していた。創業社長も営業本部長も全てに目を通していた。「また行きたい」に記入するお客は65%くらい。中には「二度と行きたくない」の項目もあり、ここにマルをされると大変な事態になる。

 ルールとして、店からお客に電話をし、お詫びをし、「また行きたい」と返事をもらうまで、説明を尽くさなくてはいけない。「二度と行きたくない」のはがきには管理番号が付けられ、何が起こったのか、店から本部に報告書の提出が義務付けられていた。

 その店では、アンケートはがきをレジ前に置いていた。営業時間中に、はがきを取りに席を立つお客がいれば、上尾店長はすぐさまテーブルに飛んでいき「お客さま、当店で何か不都合はございましたでしょうか」と伺い、アンケートはがきの投函を阻止すべく、誠心誠意、お客の声に耳を傾けた。

 好意的に捉えれば、その場で謝罪し、納得させ、解決に導く(=アンケートはがきを取り上げる)のだから、合理的な行動である。

「上尾店長は、テーブルで謝罪をし、なぜか最後は仲良くなっていた」と下倉さんは述懐する。クレーム隠しにも受け取れるが、上尾店長は自身の成績を上げるためにクレームを消していたわけではない。クレーム対応に割ける時間がなかったのだ。

 クレーム対応に必要以上に店長が追われると、店のオペレーションが弱くなる。弱くなると、さらにクレームが増える。負のスパイラルに陥る。上尾店長は、どんな手を使ってでも、クレームを事前に阻止していた。

自分が余計な仕事だと思ったら適当に流す!

 居酒屋「満天」チェーン本部から店に指示があった。それはピークタイムの2時間の間、飲み物の提供時間を全て測定して、本部に提出するというものだ。某ビール会社の企画であり、本部の許可を得て、現場に下りてきた指令であった。

 当時、オーダーは全てハンディターミナルで取っていた。客席のオーダーをキッチンの機器が受信して、それを見た担当の従業員が料理とドリンクをつくり、ホールの従業員に渡す。そのドリンク分の提供時間を1つずつ記入する作業である。

 ただでさえ忙しい時間帯にペンを持って、いちいち記入する作業は、下倉副店長も “ばかげている”と感じていた。それでも律儀に一つ一つ記入していると店長から指示が飛んできた。

「下倉、適当に書いとけばいい」

 たとえ本部の指令でも、現場の感覚で「無理」だと思えば、店長の判断で適当に流していたのだ。