いつもながら不思議に思うのはスーパーマーケットや量販SPAの店頭の一等地を長大なレジ台列が占めていることだが、セルフレジが導入されるようになって一段とスペースが広がったのは逆行というしかない。

 店頭の一等地を大きく占拠して売上げを損ない、キャッシャーを張り付けて人件費を垂れ流し、顧客は棚からピッキングするという物流労働に加え、商品を抱えて並ばなければならない。セルフレジともなればキャッシャーとサッカーの労働も負担しなければならず、どう見ても不合理だ。セルフレジは過渡期のギミックと割り切るべきだろう。

 そんな化石化した慣行を終わらせようとしているのが「Amazon Go」や無人コンビニだが、前者の画像認識AIは処理能力に無理があるようだし、どちらも梱包(サッキング)や棚補充のシステムが伴っていない。ID決済のスキームは交通系ICカードやETCで確立済みだからICタグさえ導入すれば無人決済は容易だが、“販物一体”のままでは購入商品の梱包と棚補充のプロセスが解消されず、レジ台列はともかくサッカー台列が残ってしまう。

 棚補充のシステムは1983年の「メカトロスーパー」(西友能見台店)で提唱された仕組みがコンビニなどの一角に定着しているが、サッカー台列を店頭から消してしまうにはEC物流に乗せて“販物分離”を果たすしかない。ECが流通の主役となる中、店が棚入れして客がピッキングするという物流センターまがいの販売方法は売る側にも買う側にも疎まれて細っていくしかなく、ECにしても注文に応じて“摘み取り式”で棚からピッキングする人海戦術には限界がある。

 ルンバまがいのロボットによるピッキングなど人に置き換わるだけで作業効率は大差ない“ジョーク”でしかなく、図書館方式のオートピッキングか一斉“種蒔き方式”でローラーコンベアやハンガーソーターで回転寿司的に振り分ける仕組みに割り切らない限り、壁は越えられない。

 フィンテックの進化とICタグで決済は容易に無人化できても、“マテハン”の問題を解消しない限り、レジ台列はともかくサッカー台列は消えないし、EC物流に振っても“摘み取り式”のピッキングに依存してはコストと手間を振り替えるだけだ。

 ECが流通の主役となりICタグとID決済で店舗販売も一変していく中、ECフロントとEC物流を活用するショールームストアが台頭し、無人店舗も現実となっていく。そんな“流通革命”もマテハンがついてこないと“絵に描いた餅”に終わりかねない。デジタルなITリテラシーとアナログなマテハンリテラシーを表裏に備えた経営が問われているのではないか。