Grönroos(2007)は、全社的なサービス・マーケティングの概念図を図表②のようにまとめています。ポイントはこの図表の真ん中にある「真実の瞬間」で、これは顧客にとっての価値創造の瞬間(感動、歓喜)を意味します。

 皆さん、ザ・リッツ・カールトンホテルのサービスを象徴する言葉、「リッツカールトン・マジック」やディズニーランド内でのサービスを思い浮かべてください。

 小売業やサービス業では、こうした真実の瞬間に出会う場(サービス・エンカウンター)が、特に重要になります。

 なぜなら、顧客と従業員との相互作用(コミュニケーション)による価値共創が行われるのが、この場だからです。

 

リアル勢力が「恐竜化」しないための道

 小売業にとって、なぜ価値共創が重要になるのでしょうか?

 その理由の一つは、市場における競争環境がデジタル化により、大きく変化したこと。いわゆる、「オムニチャネル化」です。

 デジタル化の特徴としては、ロングテール(無限の品揃え)によるお客さまの利便性向上が挙げられます。その代表的企業が、アマゾンや楽天などのネット小売企業で、彼らは立地、店舗面積、商圏、品揃え等の制限に縛られません。ところが、リアル店舗を中心にビジネスを展開している小売業は、上記の制限を受け入れざるを得ない状況です。

 では、リアル小売業は、かつての恐竜やマンモスのように今後、徐々に絶滅の道を歩むのでしょうか?

 そうならないための大切な鍵となる概念が、この「価値共創」なのです。

なぜ、SMのお客は日々、店舗に来るのか?

 価値共創の根底には、「問題解決」という考え方が流れています。

 消費者はなぜ、毎日のようにスーパーマーケット(SM)の店舗に来るのでしょうか?

 皆さん、この素朴な疑問について、理由を考えたことがありますか。

「食べないと人は死ぬからだ」と、ついつい考えてしまいがちですが、実は、それだけではないのです。

 消費者は、単に、晩御飯の食材(モノ)を買いに来ているだけではなく、晩御飯の献立の悩み(コト)を解決するために店にやって来ているのです。

 その問題を店舗でお客さまと店舗の従業員が一緒になって考え、従業員がお客さまに献立として提案するサービスを行うことが、今回のキーワード「価値共創」です。

ヤオコーは井戸端会議の場で活用

 最後に、小売業における価値共創の優れた事例を紹介します。

 埼玉県川越市に本社を構えるヤオコーの店舗にある「クッキングサポートコーナー」の事例です。

 このコーナーは青果売場と鮮魚売場の間に設置されています。そこでは、主婦のパートナー(ヤオコーでは、パートタイマーの女性に対し、尊敬と親しみを込め、パートナーと呼んでいます)が、お客さまと何気ない日常会話をしながら、献立提案や試食提案を日々行っています。

 このような日常風景は、他の食品SMでもよく見掛けると思うかもしれませんが、ヤオコーの場合は、単なる献立提案の場ではないのです。

 クッキングサポートコーナーは、ヤオコーにとってお客さまの食生活や日常生活からプライベートな悩み等に関する井戸端会議(問題解決)の場という位置付けとなっています。

 そのため、このコーナーで商品(モノ)を販売することはありません。お客さまと同じ主婦目線を持ったパートナーとお客さまとの相互コミュニケーションを通した価値共創の場になっているのです。

クッキングサポートコーナーの「もう一つの役割」

 加えて、この場には、もう一つの役割が隠されています。

 それはお客さまの問題やニーズ等の情報を吸い上げる「情報センター」の役割です。商品の品揃えや品質、サービス等、貴重なお客さまからの要望や不満は、クッキングサポートコーナーのパートナーから店舗の各部門の主任(チーフ)に情報として上がり、その後、店長、副店長にも情報共有化。必要に応じて、本社の販売部、商品部、店舗運営部等にも情報が伝わり、最終的に、社長や役員などの経営幹部にまで情報共有化される仕組みになっています。

 このようなお客さまの貴重な情報が、各部門間をまたぎ、本社と店舗間をループする双方向型の企業システムのことを村松(2015)は、「価値共創型企業システム」と定義しています(経営学では、この概念を「市場志向(性)」と呼びます)。

 ヤオコーが28年間、連続して増収増益を続けていられるのは、「①顧客志向を徹底し、顧客との接点であるクッキングサポートコーナーを中心に、顧客と常に価値共創している。②その一方で、本社、店舗間での双方向の情報共有化の仕組みがある、市場志向性が高い組織・文化になっている」からです。

オムニチャネル化とも密接に関連

 これからの小売業は、自社と顧客間の水平型の価値共創だけではなく、垂直型の価値共創も重要になります。

 この価値共創に関係するのは、川上の「生産者や食品加工メーカー」、川中の「卸売企業」、そして顧客と一番近い接点(店舗)を持つ川下の「小売企業」。これらが互いに大切なお客さまからのニーズや不満等の情報をデジタル、ネット関連技術を用いて、素早く、シームレスに共有化。その結果、優れた商品・サービスの企画・開発に共同で取り組むことが必要になっています。

 今回、取り上げた「価値共創」の概念はオムニチャネル化と密接に関連しています。店舗における従業員とお客さまが出会う場(サービスエンカウンター)での相互作用(コミュニケーション)による価値共創を通じ、購買後、お客さまが消費するプロセス(文脈)を経て、最終的にお客さまの心の中に顧客価値は創造されるのです。

 
(学習院大学 経済経営研究所 客員所員 中見真也)