「第86回 商業界ゼミナール」の開催が迫ってきた。

 今回は豆腐製造・小売り「山下ミツ商店」を経営する山下浩希さんの第2回。製造・販売する高付加価値の豆腐は、全国の百貨店やホテル、レストランなどで扱われている。軽トラックを使っての移動販売や通信販売も好評だ。その山下さんが「自分を真の商人に変えた1本」と言わせる映画がある。

(前半はこちら)

「てんびんの詩」を観たいがために、2月14日(木)、店長の許可?を受けた僕は会社を早退し金沢の文教会館での「てんびんの詩」の上映、竹本幸之祐先生の講演会に行きました。会場は満員、何とか後ろの方に座ることができました。会の最中、自分で用意したノートに「てんびんの詩」で印象に残った言葉、竹本先生の講演を走り書きしました。今思うと自分は何かを求めていたのだと思います(そのノート、数年前まであったのですが、今回この文を書くために探したのですが見つけることができませんでした)。

 今年のゼミナールではその「てんびんの詩」を上映します。簡単にストーリーを紹介します。

 大正時代の滋賀県五個荘町、代々続く商家の長男近藤大作が小学校を優秀な成績で卒業した日、父が「これからは自分の生きる道を自分で決めなさい」と言って鍋蓋の入った包みを渡す。「明日からこの鍋蓋を売って歩きなさい。それができないようでは近藤家の世継ぎにはなれない」と告げられる。

 翌朝、大作は天秤棒に鍋蓋を下げ、父の取引先の家、大工の家、農家の家……いろいろ訪ね歩くが全く相手にされない(何の変哲もないただの鍋蓋が簡単に売れる訳がない。たまたま鍋蓋が割れたりした家にタイミングよく行けば別だが)。

 揉み手で卑屈に笑ったり、同情を買うような演技をしたり、母を継母に仕立てたり……それでも売れずに月日が経った。ある日、大作は40km離れた叔母の家に1日掛かりで行くが伯母は家の中にも入れず追い返す。大作は徹夜で家まで帰る。朝、家に着くと母が弁当を作って玄関で待っていた。「商人になる覚悟はできているのか?」と言う問いに「はい!」と答える大作。「それなら商いに行きなさい!」「夜寝てないのに……明日からではあかんか?」「明日の覚悟は覚悟やない!」という母の容赦なく厳しい言葉に大作は売れるまで帰らない覚悟をする。それでも売れない……。そんなとき、大作は流れ川につけてある鍋や鍋蓋を見つける。

「この鍋蓋がなくなったら家の人困るやろうな。困ったら買ってくれるかな……」大作は鍋蓋を手に持った。

「てんびんの詩」の上映に引き続き、竹本幸之祐先生の講演がありました。タイトルは「商いの原点を問う」、サブタイトルは「売れないのではない 売らないのだ」でした。

 僕はその講演が始まるまで竹本幸之祐という人がどういう人なのか全く知りませんでした。司会者が竹本先生のプロフィールを紹介し、竹本先生が石川県の高松(現・かほく市)出身でこの映画の製作をした方だと知りました。

 竹本先生のお話はかなり厳しくスーパーで働く自分には胸を何回も突き刺されるくらいこたえました。特に食品の扱いには厳しく、たとえ加工食品であっても使用されている原材料や添加物にまで話が及び、「いい加減な食品を売って何がお客さまの健康だ!」と大きな声で叱咤されました。

 また、全国の小さくても頑張っておられる店の話(後で映画化され、今回のゼミでも上映する和菓子屋さんの物語「にんげんだもの」やパン屋さんの「夫婦だもの」)もされました。

「てんびんの詩」と竹本先生のお話で食品スーパーでの仕事に意欲を無くしかけていた僕は商いというものの素晴らしさを知りました。

 講演会が終わった後、竹本先生の著書を買いサインをしていただきました。表紙の裏に「山下君へ 商いの原点を 幸之祐」と書いてくださいました。それだけで僕はその気になり「明日からこの仕事を頑張ろう!!」と拳を握った記憶があります。舞い上がった僕は会場から近くにある駐車場まで走って行きました。別に帰りを急いだわけでないのに……(ギターリストの高中正義さんが中学生の頃、「ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!」を観て家まで全力で走って帰ったと本で読んだことがあります。たぶんそれと同じです(笑))。

 竹本先生のお話で「てんびんの詩」には商いというテーマともう一つ子育てというテーマがあると教わりました。商家の世継ぎとしてチャレンジした大作少年、「僕を当てにせんといて」と言って豆腐屋を継がずスーパーに就職した僕。そのとき初めて祖母と母が営んでいる家業のことが気になるようになりました。

 次の日、会社に行き、今の気持ちを誰かに聞いてもらいたくてスーパーのテナントで入っている惣菜店のベテラン女性にまで「僕、昨日、(映画と講演会で)感動したよー」と一人興奮して話しまくりました。商いの素晴らしさを知り、その世界に身を置けたことに幸せを感じ、その日から僕は初めてお客さまに向かって仕事をするようになったと思います。

 1985年2月14日(木)は大阪先進スーパー視察メンバーに選ばれず「てんびんの詩」に出会った日です。運を感じます。ラッキーでした。
単純な男です。

(つづく)

 
山下浩希(やました ひろき)

 1961年、山下ミツ商店の6代目として生まれる。84年大学卒業後、地元スーパーを経て、85年に家業を継ぐ。家族経営の地域の店だった同店を、高付加価値の豆腐を全国に届ける豆腐専門店へと発展させた。97年に会社設立し、現職。

  • 企業名/株式会社 山下ミツ商店
    本社/石川県白山市白峰チ62-6
    代表者/山下浩希
    設立/1997年(創業1887年)
    従業員数/14人