2018年の正月、セイコーマートは639店舗で休業をした。
店頭には年末年始の営業時間を知らせるポスターが張られた。

 2018年の正月、北海道ナンバーワンコンビニのセイコーマートが639店舗と半数に近い店舗で休業した。

 最低時給でのアルバイト雇用による店舗運営を基本とするコンビニでは、有効求人倍率が改善すると逆にアルバイト不足が深刻化するという構図となっている。

 道内有効求人倍率は北海道労働局の2017年11月の発表によると1.18倍と統計開始以来、過去最高。

 コンビニでは正月には特にシフトを埋めづらくなるため、セイコーマートの対応もやむを得ない選択と考えるのが妥当ではないだろうか。

バブル真っ盛りにコンビニの元旦営業は始まった

 コンビニの元旦営業が全国で当たり前になっていったのは今から30年前のバブル真っ盛りの1988年、全国でコンビニの店舗数が1万店を超えた頃だった。

 その後、1996年にGMS (総合スーパー)のダイエーが339店舗で元旦営業をスタート。これにより、スーパーマーケット(SM)や外食業が正月にこぞって店を開け、初売りは1月4日から考え方は完全に形骸化。日本の街中から正月らしさが失われていった。

 筆者がコンビニの店長をやっていた1990年。コンビニにとって正月は、売上げ的には1年の中でもドル箱で絶対に営業すべき日だった。

 この時期は有効求人倍率も高く、各コンビニはアルバイト雇用に大変苦戦。大みそか・元旦は通常の時給設定の1.7倍、1月2・3日は1.5倍でも何とか頼んでアルバイトに来てもらうぐらいの状況。しかしながら、正月は休むという概念が一般的だったため、高時給提示での人材確保も難しい状況であった。

 SMや外食などの業態が元旦営業に踏み切るまでは、正月といえば、コンビニはまさにお祭りのような賑わいで、(オフィス立地は例外だが)住宅立地の店舗などを中心に通常の1日の売上げが2、3倍となる店舗がざらに見受けられた。

 特に、弁当 おにぎり サンドイッチ ベーカリーなどの持ち帰りできる中食は飛ぶように売れ、SMなどでの購入が普通だった調味料や日用品なども年間販売数と同数の商品が正月三が日だけで売れてしまったりした(日用品など誤発注してしまった商品もだいたい正月で在庫一掃でき、ホッとするお店も多かったものだ)。

飛ぶように売れた「年賀状の絵入り3枚パック」

 その中でも正月に最も売れたのが"年賀状の絵入り3枚パック"だ。

 正月に年賀状が届いたのに出していなかった人への返信対応として、少し割高だが3枚パックが妥協購買として飛ぶように売れた。

 この背景には、当時はまだ年賀状の白はがきはコンビニでは販売されておらず、あけおめメールやSNSの文化もない時代だったというのもある。年賀状は人と人をつなぐメインツールとして君臨しており、今年の発行枚数の28億5000枚程度と比較すると、30年前は約1.3倍の38億枚が発行されていた。

 そのため、スーパーバイザー(店舗巡回員)の正月三が日のメイン業務が、年賀状3枚パックが売り切れた店へ、在庫がある店からの在庫を運ぶ店間移動だったほどだ。

 正月のお年玉用や家族や親戚で遊ぶカードゲームなどオモチャもよく売れた。男の子用と女の子用に分けた〝お楽しみバッグ〟や2000円以下のラジコン、プラモデル、カルタ、トランプ、UNOなどのカードゲームが飛ぶように売れた。

 トイザらスの日本進出や、ショッピングモールの年末年始営業が始まる前までは、年が明けても1月4日の百貨店やSMなどの初売りまで子供が玩具を買う場所がなかった。お年玉をもらった子供たちは本当に欲しいモノを買える1月4日まで待てばいいわけだが、子供故、辛抱たまらずつい買ってしまうという消費者心理を突いたコンビニ側の販売戦略だった。

 1990年代の正月は、近所の広場や河川敷で凧ならぬゲイラカイトを揚げる親子の姿をよく見掛けたが、2000年代に入り、各コンビニでゲイラカイトの全店での取り扱いを徐々に止めていったあたりから、この光景を目にすることもめっきり減っていったように感じる。

 おせちに飽きた客層を取り込んでいるのがコンビニだったが、昨今ではコンビニではおせちの予約販売にも力を入れている。

 さらに時代が流れ、ローソンストア100では、単身や2人世帯を対象とした"100円おせち"(全22種類)が人気を博しており、今年度も80万個を超える販売があったとされ、日本の文化の変化をコンビニが牽引していっている一例なのかもしれない。

 これらの品揃えの変遷を見ると、コンビニが変化対応業と言われるのがよく分かるはずだ。