これまでに紹介したスマートストアの事例では、IoTの他にも人工知能(AI)、拡張現実(AR)、屋内センサー(AIS)、センサーフュージョン、コンピュータビジョンなどのテクノロジーが利用されている。顧客に関するさまざまなデータが収集できるようになったが、データをどう守るかという課題も残されている。また、急激なスマートストア化は顧客に大きな負担をかけかねないので注意が必要だ。

海外の最新テクノロジーばかりがIoTではない

 これまで顧客の情報を十分に活用できていなかった実店舗にWebでの行動追跡技術を応用するのが、AmazonやAlibabaなどEC企業のオムニチャネルへのアプローチであるように見受けられる。両社の事例は参考になる面も多いことは確かだが、彼らの手法はテクノロジーに偏っている面も否めない。

 IoTなどのインターネット関連のテクノロジーは、アメリカで誕生した後に海外の市場で進化したものが日本に徐々に浸透してくるパターンが多い。海外市場で効果が出ているので導入しやすい面はあるものの、過去の歴史を振り返ると、海外の仕様をそのまま持ち込んだが日本では根付かず、日本的なアレンジを加えてから一気に普及したテクノロジーやサービスも少なくない。アメリカなどで新しく登場したテクノロジーを一早く採用するのもいいが、そのテクノロジーが日本市場向けにアレンジされた後に導入するのも有力な選択肢であろう。

 スマホアプリを使って来店した顧客の位置を詳しく知る技術としては、iOS7から実装されたiBeaconが有名だ。リリース直後にはMacy'sがスマホアプリに採用するなどアメリカでは導入事例も多かったが、日本ではiPhone利用者が多いにもかかわらず思ったほど普及しなかった。iBeaconは、Bluetooth Low Energy(BLE)という通信方法を使っており、iPhoneでBluetoothの設定をオンにしていないと動作しないという弱点がある。

 JR東日本が2014年にリリースしたアプリでは、山手線に乗車した顧客が何両目に乗っているかを検知して、比較的空いている車両や、乗っている車両から出口の案内を表示できる機能を搭載している。顧客の位置を特定するのに「Air Stamp」というNTTドコモが開発したテクノロジーが採用されている。アプリを起動している時にスマホのマイクから出る微弱な音波を検知するため、BluetoothやWi-Fiがオフの設定であっても顧客の位置をかなり正確に認識できる。

顧客データに関するセキュリティが課題になる!

 IoTは普及し始めてから日も浅いため、ベースとして使われている技術にセキュリティの穴が新たに見つかるという危険性もある。前述のBluetoothも、2017年9月に「BlueBorne」と命名された脆弱性が見つかり、全世界で50億台を超えるデバイスに影響があるのではと大きな騒ぎになった。もしも、Bluetoothを使って顧客データを送出するIoTソリューションを採用していた場合は、一時システムを停止して安全性を専門家にチェックしてもらうなどの措置が必要になったかもしれない。IoTに限った話ではないが、新しいテクノロジーを導入するからには、セキュリティに関する最新ニュースは常にチェックしておくべきだ。

 今後、スマートストアで導入が進むソリューションを標的にしたサイバー攻撃も増えることが予想される。IoTは膨大な数のデバイスがネットワークにつながるため、企業のネットワークに比べるとどうしても侵入しやすい個所が多くなる。何よりスマートストアのIoTネットワークは、価値の高い顧客データを大量に盗める絶好の標的だとみなされる恐れがある。

 IoTに関する技術が進化していくと、顧客の行動が詳細に記録されて解析されるようになる。収集されるデータは匿名情報であったとしても、パーソナルなデバイスであるスマホの個体認識IDや顔認識技術を併用することで、かなりの確率で個人を特定できてしまう。仮に収集した顧客データが外部に流出すると、社会的な信用を失うことは言うまでもない。IoTソリューションを導入する際は、当初からセキュリティを念頭に置いてシステムやアプリを設計しなければならない。

 顧客に安心してもらう取り組みも欠かせない。近い将来、スマートストアの店頭でどのようなデータが収集されているのかを明示するだけでなく、それらのデータを収集されることを拒否する仕組みの提供が義務付けられるようになると予想する。これは、Webブラウザに組み込まれたクッキーでWebページの閲覧履歴が収集されることを拒否する流れに似ていると言える。

「顧客を詳しく知ること」がオムニチャネルの本質

 オムニチャネルが小売業者にとって重要な戦略に昇格したのは、スマホの普及が大きなきっかけになっている。スマホは店頭での顧客の購買行動にも変化をもたらした。例えば、事前に情報を収集して購入する商品を決めた上で来店し、現物を店頭で確認してから、アプリからその店舗が運営するECサイトに発注して商品を自宅に配送してもらう人も増えてきている。便利な買物に慣れた顧客のニーズは、今後ますます多様化、高度化することが予想される。

 顧客の求める高いレベルのエクスペリエンスを提供するには、顧客が普段からどのような行動を経て商品の購入に至っているかを知る必要がある。チャネルが店舗しかなかったころは、顧客が来店するまでにどのような行動を行ったか。例えば、欲しい商品の情報をどう収集したのか、来店する店をどうやって決めたのかなどを知る方法は限られていた。今は顧客とオンラインでつながることで、顧客の来店前の行動が分かるようになった。

 実店舗は顧客とリアルに接する強力なチャネルであるが、店舗内での顧客の行動データを収集して、来店目的や興味・関心をリアルタイムに分析することは困難だった。IoTの活用で、Webサイト上の行動分析に近いことができるようになりつつある。ただし、店舗という一つのチャネルから得られるデータだけを分析したところで、顧客の本当の姿は見えてこない。オンラインとオフラインを統合したあらゆる接点(オムニチャネル)で顧客とつながることが重要なのである。

 実店舗を運営する小売業者がオンライン、特にスマホ向けの販売を始めることもオムニチャネルの一つの具体的施策だが、オムニチャネルの本質は顧客とのチャネルを増やすことで顧客のことをより詳しく理解することではないだろうか。

 IoTの進化で、これからも収集可能になるデータの種類や質が飛躍的に向上するだろう。それらのデータを活用してオムニチャネルをスマートに実現できれば、ライバル店との競争で優位的な立場に立つことができるはずだ。