三島宿の再来たるゲストハウスに生まれ変わる「大社の杜」

随所で「文化の香り」を感じる三島市街地

 今回の舞台は静岡県三島市。

 三島は私に「湘南と富士山の間に新ブランド地域を創ることは可能だ!」と確信させた運命の街で、街並みの美しさは当連載の2回目で触れています。

 初めて三島の土を踏んだ日、私はまず駅前にある市立公園「楽寿園」に入りました。

 そこで私を感動させたのは「ほんの樹」と名付けられたアウトドア図書館。

文化的なだけでなく見た目も美しい「ほんの樹」

 東屋(あずまや)内の樹の周囲に多彩なジャンルの書籍入りバスケットが配置され、入園者は興味ある本を借りて園内の好きな場所で読めるのです。

 六本木の東京ミッドタウンでも「ミッドパークライブラリー」という同種の試みがなされていますが、あちらが単発イベントなのに対しこちらは常設。

「なんて文化的な街なんだ」と私は感動しました。

 次に向かった「白滝公園」という水辺の楽園の脇の空き地では当時、こんな試みがなされていたのでした(現在は終了)。

こんなイキな提案をできる企業は全国でも数少ないでしょう

 小さいとはいえ駅近の一等地です。

 そこを「無料で1日貸し」するとは「文化的な街には文化的な企業があるんだなぁ」と私はまたも大感動。

「文化事業=文化の2文字を冠したハコモノを建てること」と考える人もいますが、「文化とはハードではなくソフトである」と私は思っています。

 だから「場と最低限の道具」だけを貸して「あとは創意工夫で」というこの在り方こそが「真の文化事業」だと感じたのです。

地域文化を発信する企業の次なる試みとは

 その後に向かったのが、源頼朝・北条政子ゆかりの「三嶋大社」の真正面にある複合商業施設「大社の杜(もり)みしま(以下、大社の杜)」。

和モダンのサンプルのような洗練されたエントランス

 飲食を中心とした小規模店舗が約15軒集まり、共有の野外テーブル席で食事もできる素敵な造りとなっていました。

 ほんの樹がこちらにもあって「商業と文化の融合」が自然な形で成立。

 外観もスタイリッシュで、「首都圏の同系施設と比べても遜色ない」と私は感じました。

 ところが私の移住直後の2019年11月30日、大社の杜は閉館してしまったのです。

 開業日が2013年11月30日なので営業期間はちょうど6年で、延べ250万人超が訪れたといいます。

 しかし残念ながら車社会の静岡では必須とされる「駐車場」がなく、マイカー通勤者が多くて「仕事帰りに一杯やる」という使われ方もされにくい土地柄のため、観光客以外にはいまひとつ浸透しにくかった。

 首都圏だったら必ずはやったはず、と私は今でも思っています。

日没後もライトアップされて風情のあった大社の杜テラス席

 そんな大社の杜がゲストハウスに生まれ変わるという噂が今年になって流れてきました。

 運営会社のホームページで確認すると事実で、しかも「メディア取材を積極的に受けます」と!

 私が早々にアポを取ったのは言うまでもありません。

 運営元は、三島を拠点とするゼネコン「加和太(かわた)建設株式会社(以下、加和太建設)」。

 しかしながらこの会社、普通のゼネコンではないのです。

 建設業と並行して「サービス付き高齢者住宅・宿泊施設・道の駅・カフェ・創作寿司店の経営」「シェアサイクルの運営」「フリーペーパーの発行」などさまざまな地域活性化事業を手掛けており、これだけ聞いても一味違うのが分かります。

近隣に多くのステーションを持ち、旅行者に優しいシェアサイクル

 ちなみに三島初日に私を感動させた「ほんの樹」も「無料レンタル空き地」も仕掛人は加和太建設で(しかも「ほんの樹」の選書担当は「ミッドパークライブラリー」と同じブックディレクターの幅允孝さん)、それを知った私の期待度はいっそう高まりました。

首都圏人が「終点」と考える地の「その先」

「日本遺産に登録された『箱根八里』の古道を新観光ルートとして提案し、東海道五十三次でも有数の賑わいを誇った『三島宿』を再生させる」

 これが今回のプロジェクトのコンセプトで、コアターゲットは「箱根八里の踏破を目的とする外国人バックパッカー」。

 眼前に三嶋大社、彼方には霊峰富士という絶好の立地が海外ゲストに好評を博すのは想像に難くありません。

 私も静岡県人の端くれですが「三島宿」という発想には目からウロコでした。

 鉄道だと静岡県の首都圏からの入り口は熱海ですが、東海道においては確かに三島で、昔の旅人は箱根宿と三島宿を行き来してました。

 大学駅伝が箱根で折り返すこともあって「その先はない」と思いがちでしたが、ちゃんと三島という「次の街」があったのです。

 箱根~三島間は路線バスも通っており、そういえばテレビ朝日の人気バラエティ『帰れマンデー見っけ隊』でも三島から箱根までのバスルートを辿った回がありました。

 その回を私は観ていたのに「三島宿」という発想には行き着きませんでした。

「開く」ことで街全体がゲストハウスになる

 箱根を越えてチェックインしたゲストには周辺を散策する楽しみが待っています。

 市街地を回遊することで、街全体が巨大なゲストハウスになるわけです。

 ゲストハウスと三嶋大社を隔てる大通りは旧東海道で、今も門前町の風情が残る商業中心地。

 老舗飲食店もあって、弥次喜多気分を疑似体験しながら外食が楽しめます。

 自炊派ゲストのための共有キッチンも用意される予定です。

 飲食店の厨房だった場所を解放し、自分で作った料理をテラス席で食べることも可能だといいます。

 取材の時点ではまだ改修が始まったばかりでしたが、元・店舗は次々に客室へ生まれ変わっていきます。

 とはいえ周囲に溶け込むシックな外装や、経年変化の楽しめる銅板装飾など「残しておくべき良いモノ」はそのまま活かされるんだとか。

「ゼネコン=スクラップ&ビルド志向」ではないわけです。

 ゲストハウスは全15室で1日40人程度が宿泊可能。

 二段ベッドでシャワー・トイレ共有のドミトリーからファミリー向け和室まで、さまざまな部屋が用意されるそうです。

畳敷き個室はファミリー向け和室になる予定

「街に開かれた場」とすべく、敷地内のカフェテラスは「地域住民と宿泊者と観光客が交流できるスペース」になるんだとか。

未曽有の危機下でも悲観一色にはならない

 オープン予定日は7月4日ですが、気がかりなのは新型コロナウイルスの状況。

 感染拡大予防のためにプロ野球オープン戦や大相撲春場所が無観客開催となり、春の選抜高校野球が中止され、東京オリンピックまでも延期されるような未曽有の事態ですから、それへの対策方針を聞かないわけにはいきません。

 すると「スケジュールを変更する予定は現時点ではありません」という予想外の答えが。

「事態は絶えず変化しますし、政府の要請一つで状況も一変するので、先を見越して手を打つのは不可能。われわれができるのは最新情報に注意を払いつつ、その時々におけるベストを尽くすことのみです」

 お話を要約するとこのようになりますが、もちろん「開業までに終息宣言が出されるのが一番ですが」とのことでした。

 自社運営施設の中にもキャンセルが多く入ったところがあるそうですが、しかし「社内のムードは悲観一色ではない」そうです。

 その理由を「あまりピリピリしない気質の静岡県の企業だからでしょうかねぇ……」と自己分析して微笑む社員さんたち(一大プロジェクトということで、なんと5人も来てくださいました)。

 これは「気の緩み」ではなく、やみくもに恐れない「理性の現れ」なのだと思います。

 観光・飲食・イベント業界がかつてない大打撃を受けている年にあえての開業となる新ゲストハウス。

 波乱万丈の幕開けではありますが「禍福はあざなえる縄の如し」を実証し、日本経済の沈滞を打ち破る先鋒となっていただきたいと心より思います。