日本はシンガポールをモデルとしているが……

映画『黄金狂時代』の一攫千金とラスベガスのカジノ

 喜劇王チャールズ・チャップリンの映画『黄金狂時代』に、雪山で飢えた主人公が山小屋で自分の右足の革靴をゆでて食べるシーンがある。肉に見立てた靴をかじって頬張り、ナイフとフォークを手に靴ヒモをスパゲティのように食べ、靴底の釘を鶏肉の骨のようにしゃぶる場面だ。

 同作は『犬の生活』『街の灯』『モダン・タイムス』『独裁者』などと並ぶチャップリン映画の傑作である。とはいえ、そこで描かれるブラック・ユーモアは実際に映像をみた方が理解しやすい。そのあたりを切り取った3分弱の動画がYouTubeにも流れている。

 十数年前、近代の作家・作品・街をテーマに紙媒体で連載した際、チャップリンの「人と作品」も取り上げたことがある。そのときにこの映画についても調べてみて、いくつか分かったことがあった。

 例えば、前掲シーンのロケ地は、米国のカリフォルニアとネバダの州境に近いトラッキー湖畔である。冬の季節は過酷なところだ。西部開拓の時代、この雪山でドナー隊が遭難したことから、トラッキー湖はその後、「ドナー湖」とも呼ばれるようになった。

 チャップリンは撮影で実際に靴を食べて腹痛に苦しんだといわれているが、それは遭難したドナー隊の悲劇を思ってのことだった。遭難した隊員の一部が救出された後、生存者が飢餓に耐えられず人肉食(カニバリズム)に及んだことが明かされていたからである。

 ドナー湖から車を30分くらい走らせて州を越えれば、目と鼻の先がネバダ州リノ。当時はラスベガスに次ぐ「カジノの街」だった。西部開拓時代、この辺りは「砂金」がよく採れたため、一山当てようと各地から砂金を採掘する労働者たちが集まってきた。『黄金狂時代』の原題は『The Gold Rush』である。

 かつて、人々が砂金で一攫千金を夢見た地が、今は「賭博」で一攫千金を狙う街となったわけだ。その象徴が、リノを含むネバダ州で米国カジノの牙城となった「ラスベガス」。その経済的発展の途上、ラスベガス・サンズ社から始まった「カジノを盛り上げるためのIRビジネス」は、それまで地元の同業に向かっていた消費を躊躇なく奪った。

 ドナー隊の悲劇「カニバリズム」は、商売の世界でも「共喰い」として常に起きることだ。しかし、政治と行政が己の利権を優先してそのことを押し隠したまま法をつくり運用すれば、生活者や商売人は目隠しをされたまま走れと言われているようなもので、自分の頭で生き残る道を選ぶことができなくなってしまう。

「カジノでの客寄せ」か「客寄せしてカジノへ」か

 前回の記事で、米国ラスベガスが2006年にカジノ収益でマカオに抜かれ、カジノ世界一の座を奪われたことを伝えた。マカオのカジノ運営権は、永年の間、澳門旅遊娛樂股份有限公司(マカオ旅行娯楽会社)が牛耳ってきた。同社の総帥は、「カジノ王」の別称で知られるスタンレー・ホー氏である。

 しかし、マカオがポルトガルから中国に返還された1999年以降、ラスベガスからシェルドン・アデルソン氏が率いるラスベガス・サンズなど米系カジノ大手が上陸し、3年後の2002年にスタンレー・ホー氏は独占権を失う。

 それでも、両勢力が莫大な利益を出し続けられたのは、急成長する中国の富豪や高級官僚が押し寄せ、ジャンケットが取り仕切るカジノVIPルームでの賭博が桁外れの規模になっていたからである。

 一方、シンガポールをモデルとしてIRカジノ法を強行採決した安倍首相は、法制化の目的を「外国人観光客を増やして経済成長の目玉にするためである」と説明した。

 ところが、日本のIRカジノ法はジャンケットを公式には認めていない。認めれば、地下経済が地上を支配するようなとんでもない「賭博国家」になりかねないからである。政府の説明によれば、日本のIRカジノが招き入れる外国人観光客とは、「カジノ以外のIR施設でも多様に消費する家族など、一般の外国人観光客のこと」だそうだ。

 しかし、そこには「家族全員で楽しめる健全な娯楽レジャーですから」という日本国民へのイメージ操作が感じられる。政府は「莫大なカネを日本に落とすのは外国人観光客である」と説明するが、返還された自国領土のカジノに大挙して高級官僚や成金富豪が押し寄せた中国と、長期にわたってカジノ目当ての外国人観光客を期待する日本では、全く事情が異なる。

 カジノが日本に開業された直後は、外国人観光客も盛況で賭場は繁盛するかもしれない。ただし、それが長く続く保証は全くないということだ。「家族全員で楽しめる健全な娯楽レジャー」の消費総額を巨大にするためには、訪日する客の「数」に頼らねば全体収益も上がるはずはない。

カジノの税収増は国や自治体が客の射幸性をあおること

 

 IRカジノ法の成立前から、大阪や横浜、長崎など多くの自治体は、その誘致に血眼となっている。各々の地元住民からは強い批判や反対運動が起きているにもかかわらず、誘致合戦は今も止まらない。

 住民の反対を無視して自治体が誘致計画と裏交渉を進めるのは、「IRカジノの誘致に成功すれば自治体財政が潤う」と信じ込んでいるか、「水面下で実は贈収賄があるか」のいずれかである。仮に前者だけでみれば、後述するように、それは「IRカジノ誘致依存症」「IRカジノ効果期待症」とでも名付けたくなるような錯覚である可能性が高い。

 約20年前に石原慎太郎東京都知事(当時)が「お台場カジノ構想」を打ち上げた時は「カジノによる税収増」が喧伝され、次の猪瀬直樹都知事も数十年来の持論だったカジノ合法化による税収増を期待した。

 実際、マカオでも米国ネバダ州でもシンガポールでも、ライセンス料・カジノ税・法人税等が徴収されており、後述するように日本のIR法でも相応の規定が定められている。シンガポールではこれらに加えて入場料(税)もあり、金額の差はあるが日本も同様だ。公営賭博と同じく規定に従ってそれが財源に充当されれば、自治体の税収チャネルにIR収入が新設され、そこに毎年膨大なカネが入るため財政が潤うーーという話になっている。

 しかし、その税収は客が賭博に消費する金額の大きさに比例して増減するため、自治体の税収が増えるためにはカジノ賭博で客が莫大な金額を浪費しなければならない。

 IR地域における収入の大半はカジノが生み出すと公言しているからには、税収を増やすためにカジノ賭博をどんどん奨励し、客の射幸性をあおり、カジノビジネスが大儲けし、複数の税チャネルから多額の納税が行われるーーという筋書きが想定されていなければ話の辻褄が合わない。

 そもそも、IRカジノで客寄せして他の消費をさせるのか、他の消費で客寄せしてカジノをさせるのか。マスメディアが「日本はカジノがなければ外国人観光客を呼び込めないのか」さえ明らかにしていないものだから、いつまでたっても一般の国民は煙に巻かれてばかりだ。

 IRカジノで潤う財源が税収であり、税収増の源が客の浪費であれば、その客は誰か、という話になる。安倍内閣は「外国人観光客」だと説明しているが、それは本当か。第3回につづく)