人の良い諸君には、その人の良さ故に「チェーン理論」の本当の本質が分かっていない。先刻ご承知のように、「チェーン理論」は、今ウォルマートを至上のモデルと唱えている。その主張は、極めて正しい。というより、正確には、そう主張するより他に道がない、というべきである。だが諸君と違って人の悪い私には、なぜ「チェーン理論」が、ウォルマートを至上のモデルにするか、その真の理由が分かっている。

 それは米国では、「チェーン理論」を報じた企業で、今生き残っているのはウォルマート以外存在しない、という当たり前といえばこれほど当たり前なことのない、事情があるからである。「個店経営」は「あだ花」だそうだが、「チェーン理論」の本質は一輪のあだ花も残さない「絶滅」である。真にその理論を知るものこそこの意見に同意するはずだ。

 事実米国で、チェーン理論を報じた企業で生き残ったのは、ウォルマート以外存在しない。他は全て絶滅した。みんなが同じ理論を頂けば、平和共存はあり得ない。一番強いもののみが残るのは、理の当然である。チェーン理論なるものも、そこで絶滅する。

 ではなぜわが国ではその絶滅理論を押し頂くチェーンが多いのに、その正当な結果である絶滅が生じないのか。絶滅すれば存在理由のなくなる「チェーン理論」を論じるものが、今もなお恬然とその理論を論じて恥じず、生き残っているのか。

 それは当然のことながら、日本と米国は同じではない。さまざまな事情の違いがある。「チェーン理論」はその万能ぶりを強調するが、もちろん「チェーン理論」とて万能ではない。自転車のように、ソレさえ持って行けば、国が違ってもドコでも走れる便利な「道具」ではない。当たり前である。では事情の違いとは何か。1つにはわが国では、少なくとも流通業については、法的規制で正当な競争が担保されていないこと、2つにはそれ以上に、地価家賃・建設コストなどが(例えばチェーン理論がモデルにした米国に比べ)むやみに高く、仮に他を絶滅させる力のある企業があっても、その力を米国ウォルマートのように十分に発揮できない、という事情があるからである。

 それを端なくも証明するのが、「チェーン理論」を真っ向から否定した「あだ花」の最たるもの、「個店経営」のモデルをつくった、過去の流通業の歴史に鑑みても、現在の世界の事情を見ても、最高のチェーン店数2万店超えを誇る、セブン-イレブンである。

 なぜ日本で初めて「チェーン理論」を真っ向から・しかも徹底的に否定して創業したセブン-イレブンが、皮肉といえば皮肉にも、ウォルマートにも匹敵するこの偉業を達成することができたか。それは1つには法的規制に触れない30坪の店舗であること、2つに地価家賃・建設コストに煩わされずに済むフランチャイズ・チェーンであること、によってであった。

 私は日本では「チェーン理論」が通用しない、といっているのではない。日本でも条件さえ整っていれば、チェーン理論通りの大チェーンは、やろうと思えばできた、のである。セブン-イレブンのような「個店経営」ではなく、ウォルマートのような「チェーン理論」のチェーンであっても、米国と同じように規制がなく、出店コストが低ければ、わが国においても大チェーンが生まれ、それが「あだ花」一輪残さぬ「絶滅理論」であることが実証されただろう。その結果、いまさら米国に「チェーン理論」など論じるものがいないように、日本でも「チェーン理論」を論じるものも日本型ウォルマートの出現と同時に、用なしになったチェーン理論は、根絶やしになっただろう。誠に、残念。

 だが本当に怖いのはトップ1社を残して絶滅すること、ではない、徐々に絶滅に向かうこと、いや絶滅が遂に起こらず、じわじわ首を絞められるように多数の緩慢な死のみが起こること、ではないか。巨大隕石で一瞬にして滅びた恐竜より、地球温暖化で緩慢に滅びる(それがもし本当なら)人類の方が、ずっと恐ろしい。現に例えば最も「チェーン理論」を信じることの大きいスーパーマーケット業界では、緩慢な死と呼ぶべき現象が生じている。それは販促合戦である。消費税増税とそれをごまかす?ためのポイント制の導入がさらにそれを加速させ、今スーパーマーケットでは、安売り合戦の最盛期を迎えている。

 Aスーパーマーケットが10%引き安売りプラス5%ポイント付きセールをやると、その日その店には無数の客が押し掛け、店舗の最奥部までレジ待ちの行列が長蛇の列になる。数限られた(ビジネスの同義に反しているというべきである)セール品は、開店30分で売り切れる。お客もさるもの引っ掻くもので、開店30分前から店前に並び(なんと日本人の行儀正しいことか、自主的に2列縦隊の行列ができている、いや礼儀正しいのではなく、理由は他にある。日本人は中国人と違って表立って争うことが嫌いなのだ)、開店と同時に、セール品を何10個と買いまくる。セールがそういう「お客」を創っているのである。「あだ花」というコトバは、こういうお客を生む企業にこそ当てはまるのではないか。それはさておき、こういう日は、B、C、Dスーパーマーケットには災難である。全くお客が来ない。だが諦めてはいけない。さすがのAスーパーマーケットも、毎日これができるわけではない。今日のわが身は明日のライバル。明日はBスーパーマーケットが加害者になり、A、C、Dが被害者になる日である。日本では「チェーン理論」を報じても、その理論が論理的に目指すところの正当な結果である、あの絶滅に至らず、どの企業にとってもほぼ同等の「緩慢な死」しか訪れない事情は、ここにある。

 だが油断してはいけない。この事情はスーパーマーケットにとどまらない。今は好調を伝えられるスーパー・ドラッグにおいても、事情は全く同じである。いやスーパー・ドラッグこそ、スーパーマーケットにも増して、同質化した「業態」である。スーパー・ドラッグ・チェーンこそ、販促以外に差の付けようがない、典型的な「業態」である。もちろんその販促もまた、ご多分に漏れず同質化している。企業合併による規模拡大に、唯一の生き残る道が模索されるのは当然だろう。

 ここでも日本特有の事情が働いている。それは薬粧品については、メーカーと流通業の利害が一致し、値引きが自由でない、という日本的事情があるからである。米国ではあり得ない絶滅の歯止めがかかっている。だがスーパーマーケットではまだしも、企業ごとの多少の特徴が出せるかもしれないが、スーパー・ドラッグではそれはムリである。日本的事情が介在しなければ、この業界でこそ「チェーン理論」の正しさがたちまち証明され、最も早く絶滅が生じたはずである。いやこれからこそ油断はならない。なぜなら薬粧品の値引き禁止?という事情はどの企業にも共通であり、加えてスーパー・ドラッグは多数の冷蔵ケースを必要不可欠とするスーパーマーケットほど、出店疎外の事情が働かない。出店コストは低い。その意味で一番「チェーン理論」の絶滅という正しさが証明される可能性が高いのは、この業界だと想定し得る。

 ただしビッグストアという典型的「業態」は、この限りではない。イオンとイトーヨーカドーのみが残ったのは、絶滅理論が働いたからではない。イオンとイトーヨーカドーが、ウォルマートのように、他のビッグストアをツブしたのではない。ダイエーは、競争に敗れたのではない。ユニーは、この2社によって敗退したからドン・キホーテに投じたのではない。ビッグストアで2社が残ったのは、ビッグストアという「業態」の自然な?衰退による。恐竜と異なり、ビッグストアは緩慢な衰退を続けているにすぎない。

 最後に残った論点を論じよう。確かにウォルマートは他の同業を全て絶滅させた。だがウォルマートはスーパーマーケットをやっている、スーパーマーケットはウォルマートにとって重要なパーツである、なのに米国のスーパーマーケット業界だけは、この絶滅原理が働いていない。ビッグストアが米国視察をすると、見るべき店はウォルマートとターゲットしかない。だがスーパーマーケットでは、見るべき店はいくらでもある。私は10店20店の、チェーンというより支店経営というべき店のことを指しているのではない。500店1000店クラスのスーパーマーケット・チェーンの話である。その理由はここに米国においても、「チェーン理論」と異なる原理が働いていることにある。それが新しい「企業構造」の構築である。だが紙幅が尽きたので? 別稿に譲ろう。

島田陽介先生のメールアドレス:shimad@msb.biglobe.ne.jp

※本稿は島田陽介先生のアドレスにアクセスした方に「今月の提言」の形で送っているものの加筆訂正版です。