静岡東部で「ホビー」と「ワーク」の橋渡しをする山田知弘さん

「ポツンと一軒家」をヒットさせた現代人の秘めたる欲求

『ポツンと一軒家』という人気番組があります。

 人里離れた場所で人生のテーマを追求中の人々の暮らしぶりを紹介する「バラエティ風ドキュメンタリー」です。

 前身番組の単発企画として放送したところ大反響を呼んで単独番組に昇格したのですが、そのヒットの背景には「今の暮らしも仕事も捨てて生き直したい」という現代人の潜在ニーズがあるのだと思います。

 苦境が続く出版界が「移住」「U・Iターン」「田舎暮らし」「小商い」といったワードに飛びつき、その種の雑誌や書籍が次々と出されているのが何よりの証でしょう。

 とはいえ、都会でのサラリーマン生活しか知らない人が唐突に地方移住して起業に挑んだところで成功の確率は極めて低い。

 小資本の商いでもそれなりのノウハウや人脈は必要ですし、Iターン先ですぐにそれらを得るのは至難の業です。

 夢はあるけど手だてがない……そんな人に救いの手を差し伸べているのが、静岡・沼津市にある「小商い研究室」。

 今回は、その主宰者である山田知弘さん(39)にお話を伺いました。

見るだけでワクワクする「場」を作り続けている山田知弘さん

まず目指すのは趣味と起業の中間くらいのユルいビジネス

 駅近くの古ビルを使った小商い研究室は、いわゆる「起業塾」ではありません。

起業塾だと「なんとしても開業せねば!」とギラギラしがちですが、誰でもが起業に到達できるわけではないし、学んだことで「自分は独立開業には不向きだ」と気づく人だっています。

一見「平凡」な古ビルの「秘めたる非凡さ」を感じさせる表札

 それに対して小商い研究室は「趣味としてやってきたことを少額でも収益化できないか試す場」なんだとか。

 参加者はとりあえず「趣味と起業の中間」あたりを目指し、「ゆくゆくはダブルワーク状態に持っていければいいな」程度のスタンスで「掲げたテーマを楽しむ」のだそうです。

 ビル内には目下「DIY」「飲食」「カルチャー」という3つのラボが置かれているのですが、私の抱いた印象は「大学の部室棟」。

初めて来たのに懐かしく感じるのは学生時代を思い出すから?

 山田さんは「車に乗りたいと思った人のために自動車教習所があるように、お店を開きたいと思った人のための教習所だってあるべきだ」と考えているそうですが、まさに「学校」的な匂いがプンプンです。

メンバー撮影の写真作品が飾られた階段のギャラリースペース

 小商い研究室の所在地は沼津駅の近くですが、山田さんはJR御殿場線で一つ先の「大岡駅」のそばにも「Antique door(アンティーク・ドア)」というスペースを持っています。

 順番としてはまず2015年にAntique doorがオープンし、小商い研究室は「そちらでの活動が評価されて空きビルの活用を委ねられる」という形で誕生しました。

変わる周期は「およそ5年」、動く目安は「6割の賛同」

 学生時代から常に自分の心に正直であり続けた山田さんは、「変わる」ということに躊躇がありません。

 大学の専攻は経営学でしたが在学中に住宅や建築に関心を持つようになり、卒業後はハウスメーカーに就職して住宅展示場での新築物件営業を担当したそうです。

 そこでの仕事は楽しかったそうですが「やみくもに新築購入を勧めること」に疑問を感じ始めたため、5年勤めた会社を退いて税理士事務所に転職しました。

 すると今度は「お金の相談という側面から住宅に関わりたい」という希望が湧いてきてファイナンシャルプランナーに転身、ついに2013年に独立開業を果たしたのでした。

「5年くらいするとまた次にやりたいことが浮かんできて、周囲の6割程度が理解を示してくれたら実行に移します」と山田さん。

 そこには「同じことを長く続けるのが必ずしも良いわけではない」「全員の賛同を得るのはそもそも不可能だし、そんなものを待っていると好機を逸する」という持論があるそうです。

「机上の空論ではない中古不動産活用法」を求めた結果

 独立開業後に数多く受けた相談が「空室の多いアパートを相続したのだが、どうしたら入居率が上がるのだろう?」というもの。

 それに「机上の空論ではないアドバイスをしたい」と考えた山田さんは、大胆にも「同じような物件を自分自身で買ってベストな活用法を探る」ことにしました。

 資金融資を受けて購入した古アパートを、熟考の末「1階を起業志願者のためのトライアル店舗に、2階を自分の事務所にする」と決めた山田さん。

 この物件こそが前述のAntique doorなのです。

 トライアル店舗の家賃は「貸す側も借りる側も損しない程度」に収め、入居期間は「最長2年」に限定。

 これによって、より多くの開業志願者にチャンスが回るようになりました。

 小商い研究室で一定の手応えを得た人がこちらで「お試し開業」し、期間内にさらなる自信をつけられたら「自力での本開業」に進む……というのが山田さんの理想。

 小商い研究室が「自動車教習所」だとしたら、Antique doorはその先の「路上教習」という感じでしょうか。

研究室内のコーヒー焙煎機。ここからまたトライアル開業者が?

 多くの事業家は規模拡大にご執心ですが、山田さんは逆に「大規模化には懐疑的」です。

 例えば2016年から主宰している「沼津でなにかやりたい人の会議」というミーティングの参加者数も、なんと募集上限が「5人」。

 Antique doorや小商い研究室のメンバー選定も「知人からの紹介」が基本で、一般公募はしていません。

 もったいないと感じる方も多いでしょうが、「他者とちゃんと向き合うにはこのスタイルがベスト」なのだそうです。

音楽系メンバーの「演奏室」もあるバラエティ豊かな研究室内

里山保全に「ツリーハウス」をからめる新規プロジェクト

 どこまでも自分流を貫く山田さんが、また新たに始動させたのが「すそのツリーハウスプロジェクト」。

 富士山のお膝元・裾野市で以前から行われていた里山保全活動に「ツリーハウス作り」というホビー要素を加えて、「老いも若きも地元民も他市町民も一緒になって楽しめるイベント」に変えているのです。

 SNSによれば、「アソビゴコロからはいるまちづくり(=地域活性化)検証」と「先輩の活動を僕らがどう残していけるか(=事業承継)検証」という2つの目的を持ち併せているのだとか。

山田さんの「事業」は「遊び心」と不可分なものなのでしょう

 児童文学などでは古くからおなじみのツリーハウスですが、近年では星野リゾートの系列ホテルがアクティビティの目玉施設とするなど、日本でも人気と需要が高まりつつあります。

 里山保全のような活動は意義が高い半面、やり方を誤ると「旧態依然」「閉鎖的・排他的」となりかねませんが、山田さんが関わり続ける限り「面白さ」を失くす心配はなさそうです。

山田さんの感性を反映して至る所に「面白さ」があふれるビル内

「ポツンと一軒家」は無理だけど「ギチギチ都会暮らし」だけは卒業したい……そんな願いを持っている方、まずはAntique doorや小商い研究室、そして山田さんの関わるイベントに触れてみてはいかがでしょうか?