先日、テレビで『マツコ&有吉 かりそめ天国』を見ていた時、番組アンケートで「ドラッグストアで本来買うべきものを忘れてしまった経験がある」人が7割と出ていました。その結果を受けて出演者のマツコ・デラックスさんが「私も経験がある!カビ取りスプレーを買うつもりだったのに、2回もパイプ詰まり防止用品を買ってしまった」「もはや、パイプ詰まり防止用品でカビが取れるか試す勢い」と、お題から軽快にトークを膨らませていました。

 プロのトーク力に大笑いする一方で、「やっぱり一流の人たちの視点はすごいな」と感じました。

 家に在庫がある商品を買ってしまった経験自体は、恐らく多くの人がしたことがあるでしょう。でもこうした日常の些細な出来事を覚えていて、お題に適したあるある話を膨らませ、情景が思い浮かぶように細部まで再現して(時には広げて)語り、周囲から共感と笑いを集める。番組編集の力も大きいでしょうが、書き出してみると誰にでもできることではありません。

 社内外問わず、仕事上ではこうしたコミュニケーション力が求められる機会は多く、いざ話しても盛り上がらないということがあります。お笑い芸人のように爆笑を誘うまではいかなくても、こうした具体的で面白い話ができる人は何が違うのでしょうか?

会話の決め手は情報蓄積量

 

 よく変わった体験や面白い経験をすると、面白い話ができるといわれます。でも、同じ面白い経験をしても、その経験から得られる情報は人によって異なるというのが私の意見です。

 例えばスーパーに行って買物をするという単純な行為だけでも、そこから得る情報量には大きな差が生まれます。通常なら「目的の商品を買って帰宅する」という行為で終わってしまいますが、洞察力のある人は一度の買物体験から膨大な情報量を得ています。

 スーパーの入り口で展開されていた商品と値段、通路ですれ違った人の年代や買物カゴの中身、店内に掲示されたPOPの内容、会計を待っている人数、レジでの担当者の様子など、見過ごしてしまいそうな小さなエピソードにまで気を配り、鮮明に覚えているのです。

 私たちは、大体の人が似たような日常を送っています。1日に3回食事を取り、職場でそれぞれの仕事をして、帰宅後はお風呂に入って眠るという日常を送っています。そうした変わり映えのしない日常から面白さを見つけ出せるのは、本人の才能だけではないと私は思っています。毎日のルーチンワークの中からも楽しみを見つけようとする意識の差や、普段の生活を踏まえた上で小さな変化に気付く力が本質なのではないでしょうか。

 冒頭の話を思い出してみてください。もし自分も全く同じ状況下で同じような経験をしていたとして、私たちはお題に対して即座にそのエピソードを思い出し、笑いは取れなくとも万人に伝わるように、具体的に説明できるだけの能力を持っているでしょうか?

地道な継続の力を見直そう

 

 最近は情報量が爆発的に増えたことで、コスパの概念が重要視されているように感じます。最新の情報を得たり最安値の商品を手に入れるのと同じように、能力もすぐに身に付く手っ取り早い方法を探す人が増えました。

 ただ実際には、ムダや手間を惜しまずに自ら動いている人こそが洞察力を磨き、新しい機会につなげられている気もするのです。

 ある博識な人は「自分は人の話を忘れやすいから、とにかく四六時中メモを取る」と教えてくれました。いつも数字まで正確に覚えている彼のノートには、文字がびっしり書き込まれていました。中にはメモしただけで、二度と話題に上らないエピソードもあるのでしょう。私が見ていた彼の博識さは生まれつきの頭の作りの違いではなく、覚えておこうとする姿勢だったのです。

 大爆笑を誘うタイプの面白い話をするには才能が必要ですが、興味深いという意味での面白い話であれば誰でもできるはずです。エピソードは具体的であればあるほど説得力を持ち、聞き手に対して親近感も抱かせます。

 もしコミュニケーション力に悩んでいるのなら、まずは自分の日常を人に鮮明に伝えることを目標にしてください。自分の日常を人に説明するには、抽象的で漠然とした内容だけでなく名称や量の概念、かかった時間など、細かいデータが必要になります。日常生活で語れるだけの細かいデータを意識し始めると、仕事への意識や向き合い方もおのずと変わり、周囲から頼られるような人間的にも魅力のある人になれるのだと思います。