古ビルをセルフリノベーションしたツワモノ、小口真世さん

温泉地の「非観光ゾーン」で独自路線を追求

 前回に続いて舞台は「熱海」……でも温泉観光とは関係のない事業を展開する女性オーナーのお話です。

 熱海駅で降りた観光客の大半は改札を背にした右側、すなわち「温泉ホテルゾーン」へ向かいます。

 駅を出たらすぐ「仲見世商店街」「平和通り商店街」という2大繁華ロードがあるので、とりあえずそこに向かうわけです。

 でも今回の私はその逆側、駅を出て「左側」に向かいます。

 バスロータリーを越えて静かな道を5分ほど進むと目的のお店が登場です(目の前にビジネスホテル「東横INN」がありますので、そこを目印にするといいでしょう)。

 レトロな6階建ビルを1棟借り切り全面リノベーションを施し営業中だというそのお店の名は「ennova(エンノバ)」といいます。

観光客のほぼいない一角に建つ茶色いビルの隣が「ennova」

 現地の知人らから「観光客がほぼ来ないエリアだから絶対うまくいかないよ」と忠告されながらもあえて開業に踏み切ったという超マイペースなオーナーが小口真世さん(40)。

 彼女のennovaがどんなお店なのかは一言では言い表せません。

 1階は広々とした「カフェバー」で、カウンター天板の風合いがなんとも魅力的。

時間を忘れてグラスを傾け続けてしまいそうなカフェバー

 同じフロアでは書店、アンティークショップ、雑貨店が営業中ですが、これらはあくまで「暫定的入居店」なので変化する可能性が常にあるのだとか。

博識なオーナーの所蔵品が並ぶというアンティークショップ

 2、3階は「ゲストハウス」で、こちらとカフェバーは「小口さんが経営し、運営・管理は東京の大学に通う男子学生(熱海から近い伊東市の出身)と共同で」というスタイルだそうです。

ワイワイと合宿気分が楽しめそうなゲストハウスフロア

 その上の4階は、やはり伊東市出身の男性オーナーによる「ヨガ教室」と「鍼灸治療院」が開業中で「癒しのフロア」となっています。

「みんなの集う場を創ること」に喜びを見いだす小口さんが始めたennovaは、まさに店名の通り「出会った人との『縁』によって絶えず変容し続けている」感じです。

「流れる水は腐らないが、留まってしまえば濁って淀んでいく。だから、自分の創った場はいつでも流動的であってほしい」と小口さんは語ります。

東京・恵比寿駅前から静岡・函南町の山中へ

 実は私は小口さんとは初対面ではなく、10年以上も前に東京で一度お会いしているのです。

 友人の写真家と小口さんが親しく、彼女が東京・渋谷区で当時やっていたお店で紹介を受けたのでした。

 そう、彼女は24歳で初起業をしてから今日に至るまでいろいろな場所でさまざまな業態のお店を続けてきたのです。

 私が会ったのは恵比寿3丁目にあった最初のお店「ククイカフェ」でしたが、それは恵比寿の駅前に移って「エンククイ」となり、やがて熱海のお隣「函南町」の山中で「モリククイ」というスペースも並行して始まりました。

 エンククイとモリククイを閉じた後は「熱海銀座商店街」のゲストハウス「MARUYA」の店頭を借りて「エントマル」というデリカフェをオープン、そこから「路地の奥にある縁側で」という古民家カフェバー&ゲストハウスを経て、現在のennova(2019年3月オープン)に至ったわけです。

 この17年間に「起業、結婚、出産、離婚」とさまざまな人生経験を積んだ小口さんは、現在では「熱海のシングルマザー」として2人のお子さんと人懐こい猫と穏やかに暮らしています。

 駅前の喧騒が嘘のように静かな自宅からは、程よく離れた海を望むこともできるのです。

実はオーシャンビューより趣深い? 町並みの向こうの海

 ennovaのある地域は駅から目と鼻の先で、しかも熱海名物「急勾配」とも無縁。

 にもかかわらず、やはり忠告されていたように「集客は容易ではない」そうです。

 実は私は「熱海の市街地は歩き尽した!」と豪語していたのですが、ennova方面には全く足を踏み入れていませんでした。

「こちら側には東横INNしかない」と思い込んでいたための失態ですが、「道があったらとりあえず歩くべし」という散歩師の鉄則に外れていたと反省しきりです。

 けれども周辺の方々の間でennovaは徐々に注目され始めているのだとか。

 隠れ家テイストが強いせいか「扉を開ける勇気が出ない……」なんて方も中にはおられるそうですが、開けてみればきっと楽しいことがあると思いますよ。

思い切って扉を開ければ「新しい縁」が結ばれるかも……!?

流れが変わっても根底には「本」を置きたい

 小口さんはかなりの読書家で、ビル内には愛読書の詰まった棚が点在しています。

 そんな彼女だからennovaも「本と縁のある場であり続けたい」のだとか。

 実は1階の書店は、通信制大学に通う20歳の男子オーナーが「東京で自分の店を構える」という夢をかなえるべく近々退去予定なのですが、「できればその後にもこだわりのブックショップに入ってもらいたい」といいます。

コンクリ打ちっぱなし空間の棚を次はどんな本が埋めるか?

 この話を聞いて、「大都市以外では入手しにくい小出版社本やミニコミ、ZINEなどが手に取れて読めて買える書店が静岡東部にもあるべき!」と常々考えていた私は、取材そっちのけでさまざまな提案をしてしまいました。

 熱海というのは単に新幹線が停まるだけではなく、東京方面からも静岡方面からもローカル線で乗り換えなしで来られる交通至便な街。

 そこへさらに「駅近で店までの道も平坦」という好条件が加わるennovaは「超一等地にある店」と言っても過言でないはずです。

「繁華エリアの逆側で観光客の動線上にもない」という地理的条件は従来型の温泉地ビジネスをしようとするならば確かに不利ですし、お客さまが「どこかへ行くついでに寄る」可能性も極めて低い。

 でも視点を変えれば、それは「ennovaへ行きたい!と本気で望む方だけに来てもらえる」という「メリット」でもあります。

 東京でも嗅覚に優れた人たちがあえて「中心地から外れたエリア」を開拓して「裏原宿」「奥渋谷」といった「新一等地」が生まれました。

 私は早くもennova周辺を「熱海のB面」略して「アタB」と密かにブランディングしています。

 これまでも「ブンカサイ」と銘打ったインストアイベントなどを開催してきたennovaのカフェバースペースは、とにかく「広くて居心地が良い」んです。

 私はそこを新宿歌舞伎町の「ロフトプラスワン」のような「トークライブ酒場」にしたらどうかと考えました。

手前にDJブース、奥にスクリーンがあって使い勝手良さげ

「トークライブのできる商業施設」というのも私が静岡東部に絶対欲しいモノの一つなので、こちらもぜひ実現させたいところです。

 今回は単なる取材だけでは収まらなかった私ですが、これも「ennovaの結んでくれた縁」だと思ってご容赦ください。

 私の脳内に浮かんださまざまなプランが今後実践されていくのか、はたまた妄想で終わるのか……進捗があったら適宜みなさんにお伝えいたします。