IoT(モノのインターネット)とは、1990年代に提唱されたユビキタスコンピューティングが、「あらゆる場所であらゆるモノがネットワークにつながる」というコンセプトに発展したものである。これまでインターネットに接続されていなかったモノがつながることで、ビジネスが大きく変わる可能性を秘めている。小売業も例外ではなく、サプライチェーンや店舗のスマート化など、IoTによって大きな恩恵を受けることが期待される。

IoT活用で、小売業は何を得られるようになる?

 新聞を読んでいても、「IoT(Internet of Things)」という言葉をよく目にするようになった。IoTとは、これまで接続されていなかったThings(モノ)をインターネットに接続する技術の総称て、日本語では「モノのインターネット」と訳されることが多い。野村総合研究所は、IoTを「PCやスマホだけでなく、日用品・家電・自動車・建物・食物などのさまざまなモノがRFIDや組み込みセンサー、無線LANなどによりインターネットに接続し、識別したり、位置を特定したり、コントロール可能にしようとするビジョン」と定義している。

 今後、IoTによって大きな恩恵を受けると予想される業界は、医療、公共サービス、製造業、小売業、エンターテインメント、軍需など広範囲に及ぶ。IoT導入で工場の生産性を改善した「スマートファクトリー」などは、IoT応用分野のほんの一例といえる。製造業における導入事例が先行して増えたことや、日本語の「モノのインターネット」という語感から、IoTはハードウェア寄りの技術とのイメージを抱く人もいるかもしれない。確かに、IoTはモノをつなぐ技術であることに違いはないが、それで何が変わるのかといえば、今まで入手が難しかった膨大なデータを活用できることが一番大きい。

 経済産業省は、IoTによるモノのデジタル化・ネットワーク化がさまざまな産業社会に適用され、デジタル化されたデータがインテリジェンスへと変換されて現実世界に適用されることで、データが付加価値を獲得して現実世界を動かす社会を「データ駆動型経済」と表現している。IoTによって収集される膨大な量のデータは「ビッグデータ」と表現されるが、矢野経済研究所は、ビッグデータこそ「データ駆動型経済」を実現するための技術基盤になると説明している。

つながる顧客(コネクテッド・カスタマー)とは?

 アメリカの調査会社International Institute for Analytics(IIA)が公表した小売業界のIoT活用に関するレポートによると、小売業におけるIoTの応用領域として、「サプライチェーンのスマート化」「スマートストア」「つながる顧客(コネクテッド・カスタマー)」の3つを挙げている。スマートストアには、まだ明確な定義はないものの、インターネットなどITの活用により顧客が満足して楽しく買物ができる店舗という理解でいいだろう。スマートストアについては、次回以降、具体的な事例に基づき、どのようなことが既に実現されているかを紹介していきたい。

 つながる顧客(コネクテッド・カスタマー)とは、SNSなどを通じて顧客同士が口コミなどの情報を交換できるという意味で使われることもあるが、ここではスマホやアプリを通じて顧客の自由意思で店舗運営側とつながっている関係を指している。例えば、ビーコンや電子マップ、センサーフュージョンなどの技術を使って、店舗内の行動から誰が何の目的で来店したかを把握できるようになってきている。IoTの登場で、従来よりも明確に顧客とつながる関係が実現できたということである。

 IoTの応用領域については、商品の在庫管理や物流、配送など顧客からは見えない「バックエンド」と、店頭での接客や決済など顧客が直接触れる「フロントエンド」に分けて考えると分かりやすい。すると、サプライチェーン、接客、顧客管理など店舗運営の全ての要素にIoTを応用できることが分かる。

 小売業者のIoT導入の目的は何か。この問いには、在庫最適化によるコストダウンや販売促進など、さまざまな答えがあるかもしれない。しかし、突き詰めると素晴らしい顧客体験(カスタマー・エクスペリエンス)を提供することに集約される。店頭での品切れを減らすのも、きめ細かい接客をするのも、結局は顧客に満足してもらうためであり、顧客が気持ちよく買物をした結果として売上げがアップするからである。

 顧客体験向上のためには、顧客が誰であり、今何をしていて何に興味を持っているかなど、顧客のことをより詳しく知る必要がある。そのためには顧客とつながり、顧客から得られた情報を高度に活用しないといけない。「つながる顧客」こそが、小売業にとって最も重要な領域であることが理解できるだろう。

IoTで店舗が大きく進化しようとしている

 カスタマー・エクスペリエンスは、ECサイトの運営でよく聞かれるキーワードである。ECサイトは、過去の購入実績やサイト内ページの閲覧履歴などを分析することで、顧客の興味を類推できる反面、店頭で行われているようなきめ細かい接客ができないため、顧客にいかに満足して買物をしてもらえるかという工夫が重視された。

 これまで実店舗では、来店した顧客が誰かを認識した上で、個別のニーズに対応するのは難しかった。IoTの活用で、来店した顧客の購入実績だけでなく、店内での動きを位置情報としてリアルタイムで解析することでタイムリーな接客や提案ができるようになってきている。ECサイト上で実現できていたことを、実店舗にも応用することが可能になりつつあるわけだ。

 衣料品を扱う専門店では、MR(複合現実)技術を使った仮想試着サービスも徐々に普及しており、顧客は実際に着替えることなく衣料品を仮想的に試着できる。これは、店頭に全てのサイズや色を置いておく必要はなく、気に入った商品があればその場で注文してもらって、商品を顧客の自宅に直接配送できるということだ。このように、従来の形態から進化した店舗のことをスマートストアと表現している。

 伝導性インクを製造するアメリカのT+inkは、2016年から店舗向けに「Smart Shelf(スマート棚)」というソリューションを提供している。特殊な伝導性インクでプリントされたシートの上に商品を陳列すると、10秒ごとに商品棚をポーリングして、リアルタイムの在庫状況をスマホやタブレットのアプリに表示する。底面の形状や重量分布の微妙な違いから、見た目は同じような商品でも型番まで把握できるという。実際に行っている事例があるかどうかは不明だが、誰かがある商品を手に取ったことが分かった瞬間に、店内に設置したビーコンを遠隔操作して、その人のスマホアプリにクロスセルを提案するクーポンをプッシュ通知するようなことも技術的には可能である。副次的な効果としては、万引きを防止することも期待できる。

 小売業向けの新しいIoTソリューションが次々に登場しており、導入することでスマートストアに近づける。具体的なメリットとその効果が明確に見える小売業こそ、IoT導入によって最も恩恵を受ける業界といえるだろう。