かつて「トレード・オフ」という発想が喧伝されたことがある。トレード・オフとは、「あちらを立てれば、こちらが立たず、こちらを立てれば、あちらが立たず」という二律背反のことである。それが経営用語として用いられるようになったきっかけは、最初は私の知る限りハーバード大学のロジスティックス担当教授であったヘスケット氏の講義を聴いてである(ちなみに、後に私はヘスケット氏の、難解な著作を日本経済新聞社から翻訳して刊行した)。

 だが第1に、このトレード・オフの発想はただちに悪用されることになった。その直接のきっかけは、ひと言で要約すれば、おそらく「時間稼ぎ」にあった。例えば新興のチェーンをお客に売り込むのに最も手っ取り早い方法は、「安売り」である。だが「安売り」でなおかつ「利益」を出すには、何かを犠牲にしなければならない、例えばある程度の「品質」を。ここに「トレード・オフ」の出番が回ってくる。「とにかく安い、その代わり品質は最高というわけにはいかない」と。

 第2に、チェーン初期においては、ある程度の「拙速」が重要である、という考え方が支配的だった。早く規模を作った方が、何かと有利だからである。いや「規模」以外、すぐに実現する有利さは、なかったといってもいい。そこで悪くいえば「チェーン店の店舗および組織の粗製濫造」になる。

 だがこれも「トレード・オフ」の論理でいえば、名人気質で完璧なものができるまで時間をかけ、それができてから店数を増やしたのでは、チャンスを逸する。「トレード・オフ」の論理を適用して、さっさと店数を増やすべきだ、ということになる。

 第3に、そう考えた事実から、かつての「トレード・オフ」が、「いいわけ」に用いられた、自己正当化に用いられた、ということが分かる。それだけではない、わざわざ英語で言うことによって、自分は米国伝来の新手法を使っているのだ、と自分をだますために用いられた、ということも分かる。トレード・オフに限らず、多くの場合、日本語でいえばいいことにわざわざ英語を用いるのは、経営に限らず、他人のみならず自分をもだますためであることが多い。「あちらを立てれば、こちらが立たず」では、権威も何もあったものではないからだ。

 第4に、だがこのトレード・オフの発想が最も適用されたのは、組織・教育の分野である。ロー・コスト・オペレーションの発想に従えば、組織はでき得る限り単純化、部品化、機械化した方がいい。その組織論の根底にあるのは、できれば「機械」を使った方がいいところに、機械ではなく人間を使う唯一の理由は、コストが高くつくから、という理由だけである。ここでも本当は機械の方がいいのだが、今のところはコストを考えると人間の部品化の方がいい、というトレード・オフの発想が働いている。

 そう考えると、われわれは個人の生活においてもしばしば「トレード・オフ」の発想を用いていることが分かる。

 ところが経営においては、第1に、「トレード・オフ」ではなく「トレード・オン」の発想の方が、明らかに有利である。経営とは、他が何らかのやむを得ぬ事情で「トレード・オフ」を採用しているところを、わが社のみが「トレード・オン」すれば、断然有利に立てることである。その意味で「トレード・オン」は、むしろ「経営成功の秘訣」とでもいうべき原理なのである。「安い」その上に「品質も極上である」方が、「安い」その代わりに「品質は多少ガマンしてもらう」というより、圧倒的に有利なのはいうまでもない。

 なぜなら第2に、ほとんどの場合「トレード・オン」を実現するには、「時間、教育、技術」そして戦略が必要だからである。セブン-イレブンは、「近くて・便利」だというが、それならローソンもファミマも同じように「近くて・便利」である。いや場合によっては、ローソンやファミマの方が「近い」場合も多い。

 にもかかわらずセブン-イレブンの優位が揺らがないのは、セブン-イレブンは「近くて・便利」なだけでなく、その品揃えの「品種が選ばれてあり」、その上、個々の品目の「品質」が圧倒的に高く、さらにその上その「品質が絶えずバージョン・チェンジあるいはアップ」している。さらにその上、組織もカスタマーのニーズを創造する上で、重要な役割を果たせるように、教育されている。組織は単に機械の代わりに用いる「労働力」としてトレード・オフされているのではなく、まさに個人の能力を開発し続けるトレード・オンとして活用されている。

 セブン-イレブンにおいては「トレード・オン」は、品揃えにおいても、品目においても、組織においても、二重三重になっているのである。ここで詳細を指摘する余裕はないが、そのトレード・オン発想が最も発揮されたのは、実は出店である。セブン-イレブンは、チェーン拙速(急速と称して)出店が行われ。それが事実実績を上げ、原則と信仰された時代において、あえて確実出店を実行した。それはまず商勢圏を定め、その商勢圏にしか出店しなかった。商勢圏の選定も慎重を極めた。断然トップの店数を維持したにもかかわらず、沖縄にはやっと最近出店を開始した。

 それは過去のビッグストアが急速出店をやり、品揃えを時流に合わせて(いや業界流行に合わせて)しょっちゅう変え、売場面積も絶えず拡大させたのと、対照的である。このほとんど神経症といっていい「トレード・オフ」へのこだわりの真の原因は何か。逆になぜセブン-イレブンはトレード・オンを実現し続けているのか。

 根底にあるのは、「独自性」についての概念の相違である。独自性に欠ければ、他の成功例の模倣に走るのは理の当然だろう。セブン-イレブンが落ち着いて、マイ・ペースを維持し、競争相手を完全に無視でき、拙速に走らずに済んだのは、「競争」概念が存在しなかったからである。

「トレード・オフ」発想の根底に無識に潜んでいるのは、「競争相手」である。なぜ「競争相手」が気になるか。模倣拙速がその本質だからだ。「トレード・オフ」する企業の特徴は他社への異常な関心と、模倣すべき「お手本」への異常なこだわり(それは受験生の熱心と同質である)にある。「模倣」して生まれたものには、絶えず自分がやったのと同じように「摸倣されはしないか」という不安が付きまとうからだ。その結果生まれるのが、教科書への勉強熱心とほとんど信仰に近いその教科書の絶対視・教条視である。それは内心の不安の証明でしかない。

 だが自ら独創したものに、不安があるとすれば、それはカスタマーからの評価しかない。そしてカスタマーは、全て過去のものであるビッグデータの統計の中にいるのではなく、いま現在の・個々の店舗売場におり、個々の店舗売場はそこからそれぞれわが店の未来のカスタマーを想定しなければならない。なぜならSFではないが、想定し得たカスタマーのみが、未来からわが店に到来するからである。

島田陽介先生のメールアドレス:shimad@msb.biglobe.ne.jp

※本稿は島田陽介先生のアドレスにアクセスした方に「今月の提言」の形で送っているものの加筆訂正版です。