1935年5月15日生まれ。60年北海道大学水産学部卒業、野原産業 札幌営業所勤務。61年ダイマルスーパー入社。70年同社代表取締役専務。75年社団法人日本セルフ・サービス協会 理事。85年ダイマルスーパー代表取締役社長。89年ラルズ代表取締役社長(合併による商号変更)。95年社団法人日本セルフ・サービス協会 理事副会長。2002年アークス代表取締役社長(経営統合により商号変更)、ラルズ(新設)代表取締役社長。04年社団法人日本セルフ・サービス協会 理事名誉会長。07年ラルズ代表取締役社長兼CEO。08年全国スーパーマーケット協会 理事長。09年日本セルフ・サービス協会と全国スーパーマーケット協会が合併、新団体「社団法人日本セルフ・サービス協会」の会長に。協会は10年に名称を新日本スーパーマーケット協会に改称し、12年に一般社団法人に移行している。

生産性の向上は不可欠。そのための投資が必要

 共通の問題は何かと言うと、流通業に働くものの共通の士農工商のようなものを払拭させること。誤解もある。苦手な部分もあるが、接客で人に接して生きがいを感ずるようなそういう教育を受けて、そうした才能を自分で見出していく。何百万人も働いているわけなので。ブラック企業だけどしょうがないからやっているという人はそんなにいない。だだ、給料は安いし生産性も低い。生産性を高くするにはどうしたらいいかというと、寡占化をしていくことと、人手を集め、能力を上げていくこと。そのためには人の3倍、4倍働かなければならないということ。何もしなくて3倍、4倍の効率を上げることは、ロボットがどうのといっても今のところはそうはいかない。今まで3人で働いていたものを1人でやれるようになれば、生産性は3倍になる。それをオーバーワークというのか、スキルアップというのか、ここを取り違えたらまずいので、そのために投資もしなければいかない。

 今までは店を大きくしたりという投資が多かったが、システムや教育投資などに全力を上げていかなければならない。欧米に比べたらどうのこうのと言うが、年金問題、健康保険の問題などでいけば、1人当たりの所得はそう悪くはない。ただ可処分所得はもっと増えた方がいい。経産大臣ではないけれど、小売業はGDPの大きなウエートを持っている部門なので、一生懸命、売って経済に活気を付けてください。ただし、安売りはしないでください。取引先に買い叩きをしないでください。需要を高めるために社員には給料をうんと払ってくださいと。

拠点にSMがあることで、健全な食生活がある!

 北海道は生産と輸出入でいけば大体3対1くらい。いったん何かあった場合、土地の広さがある。満州や樺太に行っていた人たちは行くところがなくてみんな北海道に来た。私は小学3年の時に終戦になって、あの時の人口は300万人ほど。その北海道の人口が580万人までいってピークアウトして下がってきているが、それでも540万人くらい。これから50年後には300万人台になるといっても、70年前のレベルだ。魚が獲れないとかいっているが、自給自足をやろうと思ったら土地はいくらでもある。

 コンビニ、ネット、宅配といろいろあり、それに外食。至るところで惣菜、食品が売られている。進化するSMも含めて、完璧とは言えないが、今のような典型的な標準店舗を維持・継続して、これだけ数があるかどうかは別にして、拠点、拠点にSMがしっかりあることで健全な食生活がある。

 家庭で料理を作るのが少なくなってきていると言いながら、家で作らない人が料理教室に行っているので、根本的には食材を自分の手で料理するという願望もある。

 どんなに変わってもマーケット自体は小さいものではない。ここを今、大事にしている。

 新日本スーパーマーケット協会は1つの団体で60年、有為転変はあったにしてもトレードショーも含めて対外的にも立派なものでしょう。ただ政治的圧力団体としての機能はあまり持っていない。私は持っていないことを負とは思っていない。いろいろなところで圧力団体であるべきだとか、官公庁に物を言うべきだとか、そのためにはもっと金を集めて政治家に献金すべきだという意見もないわけではないが、新日本スーパーマーケット協会にはそう言う人は少ない。そうした役割も必要だとは思うけれど、それがどうしても絶対に必要なことではない。協会活動というのは、ただ言えることは『継続は力なり』で、継続のためには協力と資金が必要。だから、資金もぜひ自前で稼いでいる。

 協会の統合に関しては機関決定して、あれでいけば2年前に一緒になっていて、1期は僕がやって、その後、川野さんがやられているはずだった。われわれは機関決定して理事会で決めたので中途半端にしておくわけにはいけないということで去年、正式に水に流した。別に喧嘩別れしたわけではないが、ちょっと大人げない始末で、こっちももう少し大人にならなければいかんなと思っている。

 60年というのは重みがある。しかも変な形で固まっているわけではない。トレードショーも自然に政官学、それに金融機関も入って、しかも地方創生の役割も担っている。当初は北海道のコーナーは、札幌商工会議所に言っても出てくれず、東京商工会議所が一括して借りた一角に入っていた。それが今ではニーズも大きくなり、いまだに出展希望者は引きも切らない。昔は頼み込んでやっていて、大変だった。60年、新世紀、51回目。シンギュラリティで言ったら、われわれ流通業界はスピードが速いので、1世紀は50年だ。

変わる店の有り様、目に見えないニーズを受け止める

 更地に店を作るのもいいし、古いものを再利用するのもいい。ただ言えることは、人口が漸減の状態でありながら、今までずっと商業面積、売場面積は増えてきた。1992年あたりをピークにして百貨店は売上げが下がっているにも関わらず、売場は倍くらいになっている。SMも似たようなところがある。生産性は上がるはずはない。業態全体が基本的に生産性を下げている。淘汰していいというわけではないが、淘汰せざるを得ないのではないか。

 コスト競争になってくれば、あるものを有効利用するなどでいかないと。例えばバーチャルの世界でオーダーをネットでどんどんやるが、デリバリーが大変だからということで、たくさんあるコンビニに取りに来たらとか。逆に言えば、SMである程度広いところはデリバリーセンターにするとか、そういうこともできる。

 この前、改装した店舗では、長い間薬局をやっていたテナントがドラッグストアチェーンにやられて売上げがじりじりと下がってきたので、この機会にやめさせてもらいますと。他にテナントで入りたいというところがあったが、思い切ってフリースペースにして店内でゆっくり休めるようにした。効率の問題もあるが、そういうところに身銭が切れることが必要だ。

 店の有り様も変わってくる。効率を上げてしっかりと稼ぐことの背景には、目に見えないニーズを優しく受け止めようという考えがある。社会貢献も含めて、家に閉じこもっている人たちがお店を通じて社会に出てくるといった役割も、これからのSMに大事なことだと思う。フリースペースを町内会の集合スペースにするなども重要になる。

 地方には土地はいくらでもある。1万人いたら飯は食えるけれど、半分なら飯を食えるような仕事にならないような地域に新しいものは作れない。都市集中なので、もうアークスの本社周辺で1000坪以上の空き地はない。都市の再開発、旧施設の有効な使い方、センター利用のあり方も大切になる。高額なラインを組むにはセンターでなければいけないという反面、工場で作った天ぷらより目の前で揚げた方がいいと。そうすると「人がいない」となる。給料を倍にしたら倍の方に来るが、それだけのことはまだできない。

 今の小売業のあり方としては、コンビニも優れた組織、企業であるけれども、コストは別にしてそれを凌駕した存在がSMだ。

 これをどんな形でも、シンギュラリティの45年というが、その前にプレシンギュラリティがあるが、この10年が勝負だと思う。新世紀は何年と言っていいか分からないが、新日本スーパーマーケット60周年、トレードショーは51回目、これを区切りにして、「新スーパーマーケットエイジ」とでも言うか、その先駆け、象徴が「スーパーマーケット・トレードショー」。今までトレジャーアイランドと言っていたけれど、シンギュラリティへの入口とでも言うか、新しい消費の新世界が始まると思っている。