貧困化する日本という現実

 

 国税庁の民間給与実態統計では08年から18年にかけて平均給与所得は430万円から440.7万円と2.49%増えてリーマンショック前の水準を回復したとされるが、同期間に手取り収入は逆に2.27%〜3.77%(所得帯や家族構成で異なる)減少している。健康保険料や厚生年金保険料の上昇や配偶者控除の一部廃止、扶養控除の廃止・縮小、定率減税の廃止など社会負担増と増税によるもので、これに19年10月から2%の消費税増税が加わったから、手取りはほぼ5%の減収になる。これで消費が冷え込まないわけがない。

 直近18年の所得帯分布を見ても、年収400万円未満が54.2%を占め、600万円未満までで79.3%とほぼ8割を占める。百貨店で購入する所得階級を年収800万円以上と見れば、9.8%ともはや1割を切っている。地方都市や郊外で百貨店が成立しなくなるのも当然だ。

 健康保険料9.9%(東京都)、厚生年金保険料18.3%、40歳以上は介護保険料1.73%のそれぞれ半分と雇用保険料0.3%を自己負担(半分は事業主が負担)し、所得税と住民税を合わせれば、18年の平均年収440万円なら手取りはほぼ78%(344万2970円)に目減りしてしまう。住居費や光熱費、食費、教育費、通信費といった必須の支出だけで手一杯で、衣料品などは抑制せざるを得ない。法外に割高な百貨店ブランドなど到底手が出ず、手頃なブランドのセールを狙うか、日常生活で使う衣料はオフプライス品かリユース品で済ませるのが一般的になっているのではないか。

 貧富差が開いているとはいえ年収1000万円以上の給与所得者は5%しか居らず、控除の恩恵もなく累進税率も厳しいから手取りは意外に少ない(年収1500万円で69.75%、2000万円で66.15%)。油断して使い過ぎれば、税金の支払いに苦慮することになりかねない。

 高級ブランド消費にしても、19年の世界売上げは2800億ユーロとも2200億ドルとも言われるが(分野とクラスの捉え方でさまざま)、日本市場は8%前後を占めると見られる。90年代半ばには世界の24%を占めていたのが08年には12%に落ち、19年の8%前後も半分近くは外国人観光客によるものと推察される。近年でも「ルイ・ヴィトン」は9%前後、「エルメス」は12.54%などスーパーブランドの日本市場シェアはまだ10%前後あるが、外国人観光客が支える比率が高くなっている。バブル末期はもちろん、通勤電車のOLの大半が「ルイ・ヴィトン」を抱えていた今世紀初め頃に比べても、日本は本当に貧しくなったものだと痛感される。

デフレは一段と深まり消費者は選別する

 少子高齢化で社会負担がかさんで勤労者の手取り所得が減り、国民総動員政策で辛うじてまだプラス(18年で1.7%増)を保っている勤労者総数も遠からず減少に転じ、経済の停滞とデフレのスパイラルが深まるのは目に見えている。その突破口を求めて、1930年代のように戦争という究極の経済活性化政策に流れることがないよう祈るしかあるまい。

 小売業者が自らの組織コストを支えるべく単価上昇や品揃えの効率的集約を図れば、ゆとりのないマーケットは即座に財布の紐を締める。店が、企業が、誠意がない好意がないと察すれば、汗水垂らし心を砕いて稼いだわずかな浄財を投ずることを躊躇なくやめる。そんな小市民にも可能な意思表示を淡々と履行するに違いない。

 現場が顧客より取引先より組織の上部を見上げて忖度するヒラメ体質に陥れば、顧客も取引先も敏感に察知して距離を置き始める。そんな幾年かの果てに組織の活力も周囲の支持も失い、巨大な組織が腐れ崩れ落ちていく。百貨店が、量販店が、FC本部が、巨大プラットフォーマーが、そんな黄泉比良坂を下っていくカタルシスが目前で展開されていく。

 良識ある誰かが止めるに違いない、と誰もが思い過ごすうちに取り返しのつかない終幕へと事態は急転する。企業も社会も国家も、そんなデッドエンドに差し掛かっているのではないか。