15年間の赤字経営から脱却できた理由

 誠品グループは、単なる書店ではなく、文化クリエイティブ(創造)産業のプラットフォームになることを目指している。日本橋店も、この考えを基本にフロア作りとテナント選びが進められた。

「文化創造産業の文化とは、人間が生活を積み重ねて出てきたもの、創造とはアイデアを何らかの形で表現すること、そして産業は利益が出る経営モデルのこと。だから、文化創造産業であるかどうかを実証するには、この3つの条件がそろっていないといけない。これまでいろいろな企業から文創的な場所を一緒に作らないかという話はあったが、大抵はわれわれのアドバイスを求めているだけだったり、テナントを募集すれば文化創造産業になると安易に考えていたりすることが多かった。それは大きな間違い」と李社長は指摘する。

 実は、この文化創造産業を目指す方向性を明確に打ち出したことが、誠品の経営を成功へと導く大きな転機となった。

 今から15年前の2004年、台北市の経済中心地である信義区に超大型店を出店すると表明し、06年に誠品生活信義店を開業。書店経営から商業施設運営へと乗り出したことが飛躍への一歩となったのだ。それまでの15年間、誠品は赤字経営から長らく脱却できずにいた。ようやく黒字転換できたのが2004年。赤字が続いた理由は幾つかあるが、一つは書店スタイルがメインでしかも小型店が多かったこと、それでも呉前会長は必要なインフラの整備に投資し続けたことだという。

 

「2000年から03年は誠品の経営が最も厳しい時期だったが、巨額の資金を投じて物流センターを建設し、SAPというビジネス管理ソフトやサプライヤーとの間のB2Bシステムなど他の小売業に先駆けて情報システムの構築に踏み出している。新しいアイデアというのは、往々にして非常に困難なところから生まれるもの。資金面で苦しい局面を迎えていなければ、生き残るための方策は考えられなかったと思う」と李社長。赤字経営の中でも将来への布石を打ったことが、後の事業拡大につながったことはいうまでもない。この時、李社長は物流センターの立ち上げと運営を手掛け、情報システム部門の責任者として手腕を発揮した。

 注目すべき取り組みは他にもある。多様なコンテンツを持つ本の力を信じ、イベントや他社との協業によってコンテンツを具現化していったことだ。信頼する従業員たちが情熱を持って取り組んだ結果、業界では新たなアイデアを生み出す会社だと評価されていた。04年、誠品敦南店が「TIME」誌アジア版でアジアで最も優れた書店”に選ばれたのも、他社とは異なる独自路線を貫いた結果といえるだろう。