リアル店舗とECの関係は「太陽と月」

 

中見 オムニチャネル化を進める上で、社員にはどのような素養が必要と考えていますか。当然、オムニチャネル化を進める上で、さまざまな社内教育やセミナーなどの場は必要だと思います。しかし、社員がオムニチャネルに対し、自分事にならないと一向に進まないですよね。オムニチャネル化推進の障壁は、デジタル的な手段を業務に入れていくことにより、何となくオムニチャネルができそうなイメージが社員間に形成されることです。例えば、UX(顧客体験)はデジタルでしか実現できないのかというとそうではありません。リアルの部分とデジタルの部分がうまく融合しないとUXは実現できません。ビームスがECを含めて業績を伸ばしているのは、両者がうまく連動し、リアルの強みを生かした企業ブランド力が、マーケティングでいうところの「アンブレラ効果」として、デジタルであるECにうまく降りかかっているからだと推察されます。

矢嶋 今のお話を伺っていて、昔をちょっと思い出しました。2005年か2006年、ECの黎明期から成長期に入った頃に、私は「リアル店舗は太陽、ECは月」と捉えていました。当時、ECは店舗が閉まった夜の9時以降に売上げが最大化しており、昼間はリアル店舗がしっかりと売上げを担っている。リアル店舗とECがあることで、お客さまの生活時間の大部分をカバーできると思っていたわけです。これにはもう一つ意味があり、リアル店舗が太陽だとすると、太陽が輝けば輝くほど、月も輝けるわけです。だから、自分たちの力でECサイトが伸びていると過信してはいけないな、と思っていました。リアル店舗が頑張って、そこでビームスのブランド価値をつくってくれているからこそ、試着もできない、触ることもできないECで買物をするという最後の一歩を踏み出してくれるのだと思っていました。「リアル店舗が頑張って信頼を築いてくれているから」という考えは、今も変わりません。

中見 学術の研究成果として、リアル店舗が強いブランドほど、仮にECの品揃えが悪い、接客がリアルに比べて落ちる、利便性が悪いなどの要因が生じると、リアル店舗の売上げにも悪影響が出ることが分かっています。また、リアル店舗の販売状況が芳しくないと、EC販売にいくら力を入れてもうまくいかないそうです。リアル店舗がないEC専業者は、EC事業の成長性に限界を感じ、その結果、Amazonやアリババはリアル店舗をつくり、買収し、チャネルシフト化をしつつあります。彼らは、リアル店舗でよく言われる顧客のさまざまなデータを取得したいだけでなく、リアル店舗での評判が最終的にEC販売に跳ね返ってくることを理解し始めたのです。すなわち、彼らは店舗での接客力の高さが顧客経験価値を醸成し、最終的に顧客のブランド価値醸成につながると理解し始めたわけです。そうした中でビームスが目指そうとしているオムニチャネルの姿は、リアル店舗とEC間の買物のシームレスさだけでなく、顧客視点を踏まえた「試着・取り置きサービス」や、店舗スタッフ自らがモデルになり、服の着こなしや雑貨なども加えたライフスタイル提案をするなど、常に付加価値提案を実施している点がユニークだと思います。

矢嶋 これは初期の頃の話ですが、自社ECサイトをつくった時からお客さまはリアル店舗と同じビームスだと思ってサイトに来られる。しかし、お客さまにアンケートをとると、自社ECサイトにはまだまだ至らないところがあった。そこで、よりリアル店舗に近い体験を提供しようと努力を重ね、リアル店舗で発行したポイントと自社ECサイトで発行したポイントを共通化させて使うなどを実現していきました。当初は会員データベースが別々だったので、サービスの共通化から取り組み、一体化を目指しました。現在は会員データベースは一元化していますし、サービスの面でもリアルとシームレスな関係を目指そうと、ここ数年、取り組みを強めています。

中見 オムニチャネル化で重要となる顧客データの一元管理化への取り組みは、段階を踏みながら、徐々に実現されてこられたのですね。

矢嶋 私たちが取り組んできたプロセスが正解とは思っていませんが、ハウスカードの会員データと、自社ECサイトの顧客データが統合されていないことが多いと思います。まずは、お客さまは一人なんだと捉える作業からした方がいいですね。それでお客さまの顧客IDを統合、一元化するのが最初だと思います。

データ統合で大切なのはお客さまの声を聴くこと

中見 データ統合をやる前に社内で押さえておくべきこと、大切なことはありますか?

矢嶋:私はどちらもお客さまの声を聴くことだと思います。アンケートや直接伺うことを通じて、私たちがどう見えているか、私たちのサービスに何を求めているかをきちんと聴き、そこから上がってきた課題を顕在化させるのです。それを社内のいろいろな部署に「これが今のお客さまの声だよ」と伝え、認識を合わせることじゃないかと思います。その上で目的や目標を全社で一致させると、自社の課題解決手段として、顧客IDを一致させるなどの答えが出てくる。まずはお客さまから上がってきた自社の姿をしっかりとみんなで見詰め、社内のいろいろな部署と目線を合わせることが重要です。

中見 お客さまの声を集めるのはどの部署になりますか?

矢嶋 当初はリアル店舗の会員とECサイトの会員は別でしたから、ECサイトの会員には私たちからアンケート調査を実施しました。その結果、ECサイトを使っているお客さまの声で一番多かったのは、「私たちはいつもリアル店舗も使っています。何でリアル店舗とECサイトの情報やポイントがつながってないのですか?」というものでした。

中見 今、伺った話は「市場志向」の話ですね。市場志向(=マーケットオリエンテーション)は、ある場においてお客さまのニーズや不満などをうまく吸い上げて、それを社内で共有化し、問題解決後、再び、場を通してお客さまに商品・サービスで提案していく考え方です。この市場志向性が高い組織構造の会社は、基本的にイノベーション志向が高いですね。お客さまの声に常に耳を傾けることで不満やニーズを社内で共有化し、商品、品揃え、サービスに生かす文化を持っている点で、市場志向性がビームスのDNAになり、持続的な競争優位性につながっていると思われます。個客視点にたったコミュニケーションをデザインする部署の責任者として責任者として、矢嶋さんはビームスファンをどのように醸成していこうと考えていますか?

ファン化のきっかけは友達が薦めてくれる感じ

 

矢嶋 何か自分のマインドが動かないと、ファンというところまで上がっていかないですよね。そのきっかけが何なのか、一番難しいところですが、私はスタッフが商品やモノ、コトを楽しんでいることだと思っています。例えば、楽しんでいるのが友人だったら興味が湧きますよね。旅行でもいいですし、フェスやイベントでもいいですし、それを「イイよ!」と薦めてくれる友人が近くにいる感覚に近いと思います。私たちビームスには個性豊かなスタッフがいるので、その一人一人の興味・関心が、1人でも多くのお客さまと共有化できてくると、自然とファン度が上がるステップになると感じています。

中見 それが今、アプリで取り組まれていることなのですね?

矢嶋 そうですね。できる限り多くのスタッフが公式サイトの中で自分のスタイリングコンテンツを投稿したり、ブログを書いたり、動画を投稿するまでできています。お客さまが店舗に行かなくても、スタッフたちやその発信する情報に触れられる場や機会をつくることが非常に重要かなと思っています。

中見 アプリが1つのプラットフォームになりえるということですね。その際、アプリが常にアクティブな状態にあることが前提条件だと思います。店舗でスタッフがお客さまに対し「アプリをダウンロードしてください」とお願いし、ダウンロードしてもらったとしても、お客さまの日常生活の中で、そのアプリを使ってもらわないと全く意味がない。そうしないとアプリがプラットフォーマーの役割を果たしません。

矢嶋 弊社はどちらかというと、ブラウザのホームページでそれを実現しています。アプリも同様な機能での体験ができますが、ダウンロードのハードルは非常に高い。そのため、アプリをダウンロードしてくださった方にはより選別された情報を届け、サービスレベルを高くすることを目指しています。誰でも触れられるホームページはスタッフ全員がいろいろな情報発信することをベースに作っていますが、今後はプラットフォームをいかに活用するかを考えていきたいと思います。

中見 スタッフ一人一人がコンシェルジュ的な存在であり、ビームスというブランドを支えるスターになる感覚ですね。

矢嶋 はい。このプラットフォームでは、会ったことはないけど「あの人がすごく信頼できる」とか、「あの人の話を聞いてみたい」と思ったお客さまがスタッフをフォローする機能も付けています。フォローすると優先的にそのスタッフが投稿した情報が自分のタイムラインに流れてくる機能もあるので、お客さまとそのスタッフのつながりが強くなる。ブランドの情報を一方的に押し付けると情報過多になってしまうので、お客さまが自分で選択し、なおかつ私たちがパーソナライズして、今度は情報をそぎ落とすお手伝いをするところが今の公式サイトにはあります。そのことを、もっといろいろなお客さまに伝えていきたいと思います。

価値共創と持続性を併せ持ったブランドを目指す

中見 さまざまな場やタッチポイント(Webサイト、アプリ、店舗等)でお客さまと一緒にブランドという価値を形成することをマーケティング上、「ブランド価値共創」と言います。それは、企業とお客さまとの関係だけではなく、取引先も含めた包括的な概念として今後捉えていくべきです。

矢嶋 そうですね。私たちは基本的に取引先さまがあって、同時にお客さまがいらっしゃって、存在していられるわけです。

中見 『三方良し』ですね。

矢嶋 ええ、海外の取引先さまが私たちを信頼してくださり、商品を仕入れさせてもらっている。日本だったらビームスに商品を預ければ、いいお客さまにちゃんと届けてくれるよと。その信頼を今まで培ってきたので、私たちはそれを損ねずにお客さまに商品を伝え、お買物していただく。それでまたそのブランドから次のシーズンの新しい商品を仕入れられる。こうした関係がずっと続いていくわけです。

中見 まさに、矢嶋さんがおっしゃったことは、ブランド価値共創の概念です。ブランドとは、短期的な関係で構築できるものではなく、お互いの中長期的な信頼感やつながりによって構築されるものです。

矢嶋 最近は地方自治体からも、『ビームス ジャパン』という業態を通じて接点を持っていただくことが加速しています。それが「ビームスは面白いことをしているよね」と、新たなお客さまのブランド想起につながったり、愛着につながっていくといいと思います。

中見 ビームスでは、『ビームス ジャパン』という業態を通じ、地域活性化をも一つの事業として捉えているのだとすれば企業にとって大切な事業概念であるCSV(社会的価値と経済的価値の両立=共通価値)の実践とも私は感じます

矢嶋 ベースにあるのは、私たち社員も一消費者だという目線をしっかり持ち、自分たちが楽しい、欲しいと思うモノやコトをどんどん探求して、商品やイベント、カルチャーに派生させていくことです。それがお客さまに伝わって購入につながるのかもしれないですし、一緒にイベントを形作るようなコミュニケーションに発展していけばいい。それを途切れさせてはいけないと思います。