革新的だったハウスカードの取り組み
中見 ご経歴に戻りますが、矢嶋さんは店舗での販売職を経験した後、どのような仕事をされたのですか?
矢嶋 弊社で『BEAMS CLUB』というハウスカードの立ち上げが決まり、その関連部署に異動しました。主にお客さまのお問い合わせをお受けする部署で、電話やメールでご相談を受けていました。
中見 目の前にお客さまが見えない中で仕事することになり、これまでの店舗勤務とのギャップはなかったですか?
矢嶋 お顔が見えない中でコミュニケーションをとるのは難易度が高い。しかし、より一層丁寧にご要望を聞き出して、それに対していろいろな選択肢でお返しすることで、直接的な対面コミュニケーションよりも幅を持って対応することを学びました。
中見 その部署で得た貴重なお客さまの声は、社内で情報共有され、次のマーチャンダイジングやお客さまへのサービスにつながっていたのですね?
矢嶋 そうです。ハウスカードを始めたのはお客さまサービスの向上を目指していたわけで、当社とつながりの強い、よりファン度が高いお客さまをしっかり知りたかったので、取り組んだわけです。その中でお客さまとより深いコミュニケーションを築きたいと考え、顧客のID番号で管理し始めました。
中見 ハウスカードを担当されて、お客さまの売上げに応じてポイントとか属性とかのデータを積み重ねてきたと思いますが、シングル・ソース・データというか、お客さま一人一人がどんな人か、何歳ぐらいでどこにお住まいかとか、販売データとか、当時はどのようにデータ管理をされたんですか?
矢嶋 当時はそういう分析も目的の一部だったと思いますが、どちらかというと、ポイントの提供にまだ特化していたと思います。まだ2000年代初めで、私がその部署に配属されたのは2003年ですから、まだ世の中的にCRMという言葉も広まっていなくて。
中見 という意味では、ビームスが当時、ハウスカードに参入したのは革新的だったわけですね。その後、矢嶋さんはハウスカードの仕事を長く担当されたのですか?
ビームスのEC事業を1人で立ち上げる
矢嶋 2003年から2年間担当し、その後はEコマースの立ち上のために、2005年春に異動になりました。1人でEC事業を立ち上げるミッションでした。
中見 その時は、どのような部署に所属していたのですか?
矢嶋 当初は開発部、現在は開発事業本部と名前が変わっていますが、いろいろな新規事業の種を撒いて芽が出て育つかというインキュベーションをする事業部でした。その中でZOZOTOWN内のショップの立ち上げを1人で担当したわけです。
中見 ZOZOは今では大企業ですが、2005年当時、まだZOZOTOWNもできたばかりだったでしょう?
矢嶋 そうですね。彼らが走り始めた頃ですね。
中見 黎明期から担当されて。当時、ビームスにおけるECの売上目標はどれぐらいだったのですか?
矢嶋 いや、まだその頃は売上目標など無かったですね。まずはECというプラットフォームでお客さまは洋服を買うのかという疑問、課題がありました。まずはそこで1点でも買っていただき、それはどういうことかを検証するのがわれわれの部署の役割だったと思います。
中見 それまでリアル店舗で何十年も服を販売しノウハウはたまっていたわけですが、ECで服が売れるのか、もし売れるならどういう風にどんなものが売れてというビジネス上の実験を任され、試行錯誤されていたということですね。
矢嶋 ファッション業界ではECが海のものとも山のものとも分からないという状態でした。
中見 当時、メーカー、セレクトショップ、SPAなどアパレル企業で、ECを本格的にやっていたところはあったのでしょうか。
矢嶋 どの企業も、手探りだったと思います。
中見 何かヒントを得たいと思われませんでしたか?
矢嶋 思いましたが、ファッション系は情報もノウハウもほとんどなかったと思います。
ZOZOTOWNの商品写真を変えてみたら……
中見 当時、ECでファッションが大きく取り上げられない理由をいろいろ考えたかと思いますが、矢嶋さんが要因と思われていたことは何ですか?
矢嶋 それは多分、現在でも続いていますが、商品を手に取れない点だと思います。
中見 商材として手に取ってみたり着てみたりするトライアル的要素が大きな障壁になっているのですね。
矢嶋 服は値段的に安いものではないので、自分なりのブランド体験や購買体験がないと、失敗したくないという気持ちが働くのだと思います。そのため、ECで洋服を買うのはハードルが高かったと思います。
中見 そうした状況の中でZOZOTOWNという新興のファッション専業ECモールで服を販売するのは難しくなかったですか?
矢嶋 いえ、ECモールの中でお客さまにビームスの商品を紹介する立場ですから、そんなに難しくなかったです。リアル店舗で販売する接客経験をインターネット上の接客経験に置き換えるものだと思っていました。
中見 店舗でやっていた接客スキルやノウハウをネットという平面で行うのは難しいでしょう。どのように商品やブランドを伝えたのですか?
矢嶋 当時、心掛けたのは、まず文章で商品をしっかり紹介することと、商品の特徴を分かりやすく伝えることでした。説明文は特徴をとらえて書く。それからどういったコーディネートをすると、その商品が今っぽく着こなせるか、分かりやすく記載するようにこだわりました。
中見 画像、説明、コーディネートに優先順位をつけると、どうなりますか。
矢嶋 お客さまのアンケート調査などをすると、優先順位が一番高いのは画像ですね。お客さまはしっかりご覧になっています。
中見 画像は内製化されたのですか? それともプロのカメラマンに撮ってもらっていたのですか?
矢嶋 当時はまだそこに目が向いていなかった時代で、僕らが商品をZOZOTOWNに送って、彼らの方で撮影をしてくれていました。ただ、それはモノとしての撮影で、洋服、ファッション目線の撮影ではなかったと思います。
中見 もっとこうしてくれよ。これはこだわりだから、こう撮ってほしいとか、やりとりは頻繁にありましたか?
矢嶋 当時は洋服を平置きして撮影するのが一般的でしたが、洋服は人が着て初めて特徴が立体的に見えてくるものです。そこで洋服を着た状態の顎から下を画像でアップしたところ、売上げが急激に伸びました。ZOZOTOWNさんにとっても販売上の効果があることを実感いただき、ビームスの商品は人が着て撮影するという手法が浸透していきました。
中見 ZOZOTOWNに出店されていた他のアパレルは、ビームスと同じような撮影手法をとっていなかったのですか?
矢嶋 おそらく他ではやってなかったと記憶しています。
中見 ビームスで成果が出ると分かってから、ZOZOTOWNの他ブランドにもその手法を転用していったのですね。
矢嶋 ええ、他のブランドさんにもどんどん広がっていきました。そういう意味では先駆けだったと思います。