日本の流通業は、米国流通業について、大きな盲点を抱えている。盲点の1つは、かつても今も、米国流通業には「チェーン理論」なるものが存在したことは一度もない、という厳然たる事実を見落としていること、である。驚くべきことに、そのことを自覚している日本の流通業は、極めて少ない。

 ではなぜ米国流通業には、「チェーン理論」は存在しないか。愚にもつかない疑問だが、あえて答えよう。チェーン理論とは、代表的チェーンをモデルと想定してその経営の戦略や技術の細部まで組み上げた「理論」である。だが米国流通業においては、他社成功例をモデルにして成功することは、全く不可能である。外国の流通業をモデルにしたらどうか。その企業が出てくれば終わりである。だがこれらの理由は実は重要ではない。

 およそどんな成功も、自ら考え工夫したイノベーションによってこそ実現する。他ならぬニッポン製「チェーン理論」が、お手本にした何社かの代表的米国流通業自体がそれを実証している。それらのお手本成功例を打倒したものは、全てそれら先の成功例には学ばぬ企業であった。シアーズに学ばなかったKマート、Kマートに学ばなかったウォルマート、ウォルマートに学ばなかったアマゾン、スーパーマーケットに学ばなかったホールフーズ。

 だがこのことは実は、流通業に限らない。いやむしろモデルを想定し、そのモデルを忠実になぞることが、成功の確実な方法だと信じているのは、世界中で例外的に日本の流通業だけ、なのである。

 いや日本の流通業においても、モデルを想定し、しかも具体的企業をモデルにして(かつてはシアーズ、そしてKマート、今はウォルマート)、それが成功への道につながると考えることが出来たのは、過去に限られる。そのことは論理で語る前に、セブン-イレブン、ダイソー、東急ハンズ、ユニクロ、きもののやまと、お仏壇のはせがわ、ヤオコー、ヨークベニマル、ライフ、ドン・キホーテ……、と実例を挙げれば明らかである。

 盲点の2つは、日本では今もなお米国流通業についての関心は極めて高いが、米国では日本のいや外国の流通業についての関心は、過去も現在もほとんどゼロである、という事実である。日本では業界誌紙はもちろん、一般経済誌紙も米国流通業の動向をしきりに伝え、米国流通業に詳しいものはすなわち経営に詳しいもの、という極めて危険な錯覚さえ抱かせるが(その最たるものは、米国在住の日本人の米国流通業情報通!の情報を珍重する愚である)、米国ではこれまでも今もそしてこれからも、金輪際そのようなことはあり得ない。米国の経済誌・業界誌に日本いや外国の流通業の情報が掲載されることは、ほとんど絶無である。完全な片想い!

 ましてや外国の流通業事情に詳しいから経営にも詳しいと錯覚されることは、米国では断じてあり得ない。だがこの米国の在り方こそ通常なのであって、絶えず外国をモデルにする日本の方が異常なのだ。もちろんこれまで異常がまかり通ってきたのには、然るべき理由がある。それは流通業、特にチェーンについて、全くの素人であった日本の商業が、流通業チェーンになるきっかけを米国に仰ぎ(当時から今日まで、少なくとも流通業チェーン経営に関しては、欧州で参考になる事例は存在しなかった)、それが日本での流通業チェーン成功の最大の原因になったこと、である。

 いったん味わった成功の甘い匂い、スイート・スメルズ・オブ・サクセスは、そう簡単に忘れられるものではない。そこで今に至るも、日本の流通業の何社かは、米国流通業チェーンをモデルにした「チェーン理論」の呪縛から逃れられないのだ。

 それだけではない。およそ「チェーン理論」に学ぶ、ということの本質は、自ら考え、自ら試すのではなく、ある種の「権威」の教える通り、忠実に実行すること、イノベーションではなくイミテーションすること、それこそが成功への道である、という無言の了解を生んでしまった。イノベーションにはリスクはつきものであるが、イミテーションにはリスクは小さい、と思える。そこで多くの人々が、イノベーションよりイミテーションを選ぼう、と考えたのである。「チェーン理論」に学ぶことの本質は、リスクを賭けないで成功する、ということにあった。

 だが真に恐るべき盲点の3つは、「チェーン理論」や「米国流通業」モデル発想の基が、実は今、米国流通業、例えばウォルマートにあるのではない、ということについての自覚が全くない、ということである。

 なぜなら、実は日本で最初に「チェーン理論」を学んだ人々にとっては、米国流通業チェーンに学ぶことは、そのまま成功を保証するわけでは、決してなかった。米国で成功しているからといって、忠実にその通りやれば日本でも同じように成功する、という保証は、事実上全くなかった。私はこの耳で、何人かの創業者から、よくもあの時「チェーン理論」を、米国流通業チェーンの成功をモデルにすることを、ストレートに信じたものだ、という述懐を聞いている。そればかりではない、当の「チェーン理論」を唱えた人々からも、よくもみんな信じてくれた、という述懐を聞いている。

 だから「チェーン理論」を信じることが、成功の保証になったのは、米国流通業においてではなく、過去における日本のビッグストアや専門店その他の業態チェーンにおいての、例外的とでもいうべき成功、という事実なのである。これこそ完全な盲点といっていい。米国でウォルマートが成功しているから、それを焼き直した「新チェーン理論」が、編み出され、編み出される以上、それを信じるものがいると想定されているのだろうが、本当の意味でその想定を支えているのは、実は「米国流通業チェーンとその成功」ではない。

「かつて米国にモデルを仰いだビッグストアや専門店・業態チェーンが成功した」という事実こそが、その理論なるものの信用の唯一の基本なのである。今、「チェーン理論」を信じる人々が見ているのは、ほんとうは米国ではない。人々は日本の過去をこそ見て、イミテーションによる成功を、未だ信じている。それはほとんどみんなで信じれば怖くない、という「共同幻想」である。多くの人々が、米国流通業の事情を聞きながら、無意識に心に浮かべているのは、実は米国流通業をお手本・教科書にした過去の日本のビッグストアや専門店・業態チェーンの成功であり、その方法なのである。それこそ米国流通業紹介が、今日も続く本当の、だがほとんどの人が自覚すらしていない真の理由である。

 盲点の4つは、にもかかわらず恐るべきは、その「幻想」が組織論や技術論にまで及んでいることである。でなければ微に入り細を穿って、米国流通業の紹介が行われるわけがない。真面目に考えればそのほとんどは、無意味な情報でしかない。それを知りたがるものが絶えないのは、過去の日本での「翻訳者」あるいはイミテーターの成功という、一種の「病気」が、心身の底にまで至っている何よりの証明である。

 

島田陽介先生のメールアドレス:shimad@msb.biglobe.ne.jp

※本稿は島田陽介先生のアドレスにアクセスした方に「今月の提言」の形で送っているものの加筆訂正版です。