「渋谷スクランブルスクエア」“東棟”は東急百貨店が運営する百貨店型の売場は商業ゾーン営業面積の11.3%にすぎない

 11月1日開業の渋谷再開発のコア「渋谷スクランブルスクエア」の第一期“東棟”を一巡して、今更ながら驚いた。東急百貨店が解体されて駅ビルに飲み込まれ、デパチカと化粧品フロアを除いては百貨店の存在感はなく、かつて3層もあった婦人服フロアなど、わずか数百平米の残滓が残るのみだった。それは建て替えオープンした大丸心斎橋店本館も同様で、テナント構成になったフロアにはかつて婦人服や紳士服のフロアを埋め尽くしていた「百貨店ブランド」の姿はほとんど見られない。

 地方や郊外の百貨店が次々と閉店し、不動と思われた大都市都心部の百貨店とて“ハイブリッド化”という商業ビル化で百貨店ブランドの居場所がなくなる中、売場の縮小に耐えかねて百貨店アパレルのブランド廃止や大量閉店も相次ぎ、『半分はECで売る』と百貨店に見切りをつける大手アパレルも出てくる現実は、百貨店の終焉と百貨店ブランドの絶滅を宣告しているのではないか。

閉店ラッシュとハイブリッド化で売場が激減

 99年のピークには331店もあった百貨店も00年7月のそごう経営破たんを分水嶺に減少に転じ、リーマンショック以降は閉店が加速。17年は8店、18年は7店、19年も伊勢丹の府中店と相模原店など9店が閉店して212店まで減っている。20年も3月に三越の新潟店、東急の東横店、8月末に西武の大津店、岡崎店、そごうの徳島店、西神店、21年も2月末にそごう川口店の閉店が決まっており、今後も地方店や郊外店中心に閉店が続いて2021年早々には200店舗を割り込みそうだ。

 

 閉店しているのは地方店や郊外店がほとんどだが、インバウンドで売上げが回復している都心店とて変貌が激しい。人手が掛かって採算の苦しい百貨店型の消化仕入れ売場を大幅に減して定期借家契約のテナント売場主体に切り替える“ハイブリッド化”が加速しており、先行する丸井や大丸松坂屋を追って髙島屋や三越伊勢丹までテナント売場への切り替えを進めている。

 17年4月開業の「GINZA SIX」はハイブリッドどころか松坂屋の直営売場は2Fの「シジェーム ギンザ」だけで大半がテナント構成という“不動産事業”だし、9月20日に再建築して開業した大丸心斎橋本館とて65%はテナント構成で百貨店型の売場は35%にとどまる。「渋谷スクランブルスクエア」“東棟”はもとより“百貨店”を名乗っておらず、B2〜14Fの商業ゾーン営業面積3万2000平米のうち、東急百貨店が運営する百貨店型の売場は6F「プラスク・ビューティー」(化粧品)の1970平米、5F婦人靴・ハンドバッグの1380平米、4F「428-224」(婦人服セレクトショップ)の260平米、計3610平米(11.3%)にすぎない。

 しかも、これら3施設を見る限り、テナントショップを構えて売場を確保している百貨店ブランドは片手で数えるほどに限られる。ハイブリッド化によって百貨店ブランドの売場は数十分の一に激減しているのが現実だ。

三度の堕落で衣料品売上げはピークから激減

渋谷スクランブルスクエアで一番、華やかなのは1Fのスイート集積デパチカ

 減っているのは百貨店の店舗数や衣料品売場だけではない。駅ビルやSC、近年はECに顧客が流れて百貨店の売上げは減り続けており、中でも衣料品の減少が際立っている。

 百貨店総売上げはピークの91年から18年は60.6%に減少しているが、衣料品トータルは45.1%、紳士服・洋品は38.7%、ピークが98年だった婦人服・洋品もピークから49.7%に、ピークが92年だった子供服も44.4%に減少している。デパ地下が元気な食料品でもピークの99年から78.3%に減少しているが、化粧品だけは06年から18年で165.8%と急拡大している。ハイブリッド化で衣料品フロアが解体されても化粧品フロアだけは拡大しているのは必然と言えよう。

 衣料品市場総体もピークは91年で18年は58.6%に減少しているが、百貨店衣料の45.1%はそれに輪をかけているから、顧客が駅ビルやSC、ECに逃げ出したと見るしかない。顧客が百貨店から逃げ出し、そして今も逃げ出し続けているのには百貨店側の度重なる堕落が起因している。

 百貨店は84年頃の買い取りから委託へのシフト、92〜98年の12ポイントもの納入掛け率切り下げで商品のお値打ち感を半分以下に切り下げてしまい、00年以降、顧客も取引先も駅ビルやSCに逃げ出した。近年も自前のECを確立できないままブランドECサイトへの顧客流出(ショールーミング)を恐れてタブレット接客を拒絶するという致命的な過ちを犯し、顧客と取引先をさらに遠ざけている。ブランド衣料の販路としては既に終わっていたのを無理やり引きずってきたのが実情で、崩れ始めればもう止める術はない。

百貨店ブランドは数年で絶滅する

 どんなビジネスでもそうだがブランドアパレルにも採算が取れる事業ロットがあり、売場が限界を超えて減ってしまうと事業の継続が困難になる。地方店や郊外店の売場が不採算化して撤退が続き、百貨店そのものの閉店も続いて販路が萎縮し、頼みの都心店もハイブリッド化して百貨店ブランドの居場所がなくなっていけば、大半の百貨店ブランドは事業継続が困難になってしまう。

 そんな現実を直視して百貨店という販路に見切りをつけ、『半分はECで売る』と宣言して600店もの閉鎖とブランド整理に踏み切るオンワードホールディングスなど例外的に体力があるアパレル企業だ。今期は250億円の特別損失を計上し、来期以降も大量退店による巨額減損を覚悟してもECシフトを進めるオンワードは百貨店アパレルでも別格の存在で、他社にはもうそんな体力も資産も残ってはいない。大半の百貨店アパレルは売上減少とブランド廃止、希望退職募集を繰り返して衰退していくだけだ。

 百貨店の閉店とハイブリッド化に百貨店アパレルのブランド廃止と売場撤収が相乗して負のスパイラルが加速するのは避けられず、今の勢いで萎縮が進めば大半の百貨店ブランドは数年で絶滅してしまう。ECに投資できる企業は変貌して生き残るだろうが、それとてC&C体制を欠いてはいずれ戦線から脱落する。ましてや百貨店から離脱できないアパレルは企業そのものが行き詰まる。

 既に百貨店という泥舟は半分以上沈んでおり、逃げ出せなかったアパレルは運命を共にするしかない。転身を決断できなかった責を経営陣に問うても今更間に合うものでもないから、出血を覚悟で早々に撤退するのが賢明な選択だろう。