顔出しNGのハニカムさんとピッタリすぎるタイトルの本

東京から100km超の町に漂う「中央線」の匂い

 湘南と富士山の間に私が創ろうとしている新たなブランド地域、そこに必要不可欠な存在が「素敵な古書店」です。

『魅力的な街には素敵な古書店がある』というのが私の持論なんですが、残念ながら東京では「個性派オーナーが営む個性派店」が減りつつあり、それは古書業界も例外ではありません。

 私は都内の各沿線に「古書店めぐり散策コース」を持っていたのですが、行きつけ店が消えたせいで足を向けなくなった路線が結構あったりする。

「古書店の減少で外出が減り、それに起因する運動不足のせいで健康を害した」と信じる私は「素敵な古書店のない環境は体に悪い」という新説をアチコチで唱えております。

「素敵な古書店が多い路線」の筆頭といえば、古くからサブカルチャー(以下、サブカル)の聖地として知られる「中央線」です。

 私もまた、聖地の空気にドップリ浸りたくて中央線の沿線民となった1人でした。

 往時ほどの活気はないものの、それでも「東京におけるアングラ&サブカルの総本山」としての面目はいまだ保たれている印象の中央線。

 東京を離れるにあたり、最大の心残りだったのが「中央線沿線の古書店めぐりができなくなること」でした。

 ところが、なんと私の新居(静岡県沼津市西部)のすぐ近所にあったんですよ、わが心の故郷たる「中央線」が!

 ……あ、失礼、「中央線の匂いをふんだんに漂わせる素敵な古書店があった」の間違いでした。

中央線オーラを放つ店のオーナーの経歴は?

 その店の名は「書肆ハニカム堂(以下、ハニカム堂)」。

看板と呼ぶにはささやかで、しかしお店にピッタリな看板

 まずは、私を興奮させた「中央線オーラを濃厚に放つ外観」からご覧ください。

ここだけ見ると、まるっきり「中央線沿線の商店街の一角」

 いかがですか、私と同じ中央線マニアならば「あ~ハイハイ、阿佐ヶ谷とか西荻窪にあっても全く違和感がない店構えですね」と共感してくださるのではないでしょうか?

 私の暮らすのは静かな海辺の寺町なんですが、ここだけはまるで空間がねじれて中央線のどこかの駅前とつながっている感じです。

「この店のオーナーさんとぜひお近づきになりたい!」と心底から思った私は、当連載の取材にかこつけて早速アポイントを取り、いそいそと出掛けていったのでありました。

 快く取材を受けてくださったオーナーさんは44歳の男性で、お店は「会社勤めをしながら土曜・日曜・祝日のみ営む副業」なんだそうです。

 本業との兼ね合いもあって「名前と顔を出すのはNG」とおっしゃるので、今回は「ハニカムさん」という仮称でご登場いただきました。

 屋号の由来は「恥ずかしがる」を意味する「はにかむ」に(まさに人柄にピッタリ!)、80年代にサブカル少年少女を魅了したインディーズレーベル「ナゴムレコード」の愛称「ナゴム」をかけたダブル・ミーニングで、元々はハンドルネームでもあったんだとか。

 ナゴムなんてワードが出てきたこともあって「この人は自分と同じ中央線OBに違いない」と私は確信し、勝手にシンパシーを抱いたのですが……意外やハニカムさんは中央線沿線はおろか「東京で暮らした経験すらない」のだといいます。

 出身は九州で、大学進学のために静岡県中部へ来て、その後に東部へ移住して現在に至るそうなんですが、「生まれ故郷と空気感が似ているので静岡にはすぐになじめた」とハニカムさんは語ります。

運命のなりゆき(?)で始めた古書店経営

 ハニカムさんに関してもう一つ予想外だったのは「本に関した仕事経験ゼロの状態で開業した」という点です。

 てっきり「中央線OBの元出版業界人」だと思っていたのですが丸ハズレで、いや~私のプロファイリング能力は全くもってポンコツですねぇ(プロファイリングが単純過ぎる、という説もありますが……)。

 そんなわけで出版や古書の業界にもさほど明るいわけではなく、古書店経営自体も「かねてからの念願というわけではなかった」と語るハニカムさんは、元々はお隣の富士市にあった「grow books」というセレクト書店の中に「自分の蔵書を売る棚」を置かせてもらっていたそうです。

 その「grow books」が残念ながら2017年に10年の歴史にピリオドを打ち、静岡東部における「サブカル民のたまり場」はなくなってしまいました。

 ハニカムさんはオーナーに会うたびに「また店をやってほしい」と懇願していたそうですが、一方で「他力本願ばかりなのも良くないなぁ……」という思いもあって、やがて「いっそ自分でやってしまおうか!」と考えるようになったといいます。

 ちなみに「grow books」から蔵書を引き上げたのが「2017年8月12日」で、「いっそ自分でやってしまおうか!」の結論であるハニカム堂オープンがきっかり1年後の「2018年8月12日」だったそうです。

 それは全くの偶然だといいますが、しかし私は「ハニカムさんが古書の神様から愛されている証」だと思います。

 神様のご寵愛ぶりがよく分かるもう一つのエピソードが「店舗物件探しにまつわるミラクル」です。

 当初は市内の商業中心地である「JR沼津駅周辺」で探したそうなんですが手頃なテナントが見つからず、たまたま通りかかった自宅近くでビビッとくる物件と出会ったのだといいます。

 シャッターが下ろされていて内部が見えるわけでもなく、それ以前に「賃貸物件」にすらなっていなかったそうなんですが、「ここは良い物件に違いない!」というインスピレーションを信じて、ハニカムさんは所有者に頼み込んで内見させてもらったそうです。

この状態で見て「良さそう!」と直感できたのは神懸かり的

 ハニカムさんの直感は見事、大当たりで、その物件はかなり理想に近いものだったといいます。

 ハニカム堂の店内は、古書好き、サブカル好き、中央線好きならば魂を揺さぶられずにいられないような内装なんですが、なんと「ほとんど元のままで、ちょっとくすんでいた壁に白ペンキを塗った程度のことしかやっていない」というから驚きです。

シンプルな白い壁だから古書の味わいがいっそう引き立つ

 この物件には、以前は乳酸菌飲料の営業所やミシン屋さんなどが入居していたそうですが、まるで現在の業種用にあつらえたような造りになっており、「こんな物件と出会わせてくれた古書の神様は、やっぱりハニカムさんを愛しているのだなぁ……」と私はしみじみ思いましたね。

 店内の備品もほとんどがハニカムさん自身によるDIYだそうで、家賃が手頃なこともあって、開店資金はかなりリーズナブルに抑えられたそうです。

古書店ほどDIYが「味」となる業種はないと思うのです

 前回ご登場いただいた「駄菓子カフェせせらぎ」のオーナー・樋口淑子さんもそうでしたが、静岡東部での起業というのは「背伸びして大きなスケールでやるよりも、身の丈に合ったサイズでユルくやる」方がうまくいく気がしますね。

硬い本を軟らかい本のディスプレイに使うセンスに脱帽

 小商いとはちょっと違いますけど、かの『ほぼ日刊イトイ新聞』だって「ほぼ」というユルさを持たせたからこそうまくいったのだと思います。

「必ず日刊!」とか「死んでも日刊!」とかだったら、たぶん重た過ぎて読者に敬遠されたんじゃないですかね?

飾り台が年代物のミシンなのは、ミシン屋時代の名残かな?

起業の動機は人が集まる「場」を創ること

 顧客の年齢層は「30代後半~40代」で「男女比はほぼ半々」だというハニカム堂ですが、以前には予想外の来店者もあったそうです。

 音楽好きで、とりわけアナログレコードを愛してやまないハニカムさんが店内でコレクションの虫干し(?)をしていたところ、たまたま通りかかった地域の自治会長さんが「レコードをこんなふうに扱ったらダメだよ~」と入って来て、そのまま音楽談議で盛り上がったんだとか。

 自治会長さんは後日、自分の愛聴盤を抱えて再来店したといい、思いがけなく近所のレコード仲間を得たハニカムさんなのでした。

「静岡東部におけるサブカル民のたまり場」だった「grow books」の後継店たるハニカム堂ですから、オープン動機は言うまでもなく「新たなサブカル民の居場所を作ること」。

 その願いは半ば実現しているのでは? と私は思います。

 サブカルについて語れる場が欲しかった私にとっても、レコードの話をしたかった自治会長さんにとっても、ハニカム堂はもう既に「大切な場」になっているわけですからね。

サービス本の詰まった均一箱も入店ハードルを低める

個人店をやるなら東京近郊のローカルが狙い目?

 今年の8月で無事、開店1周年を迎えたハニカム堂は、これからも「沼津の週末古本屋」というキャッチフレーズを掲げながらマイペースでやっていくそうです。

営業の日程・時間をガラス窓に書き記すフリーダムさが魅力

 もちろん、ただユルいだけではなく、店売りに加えて県内各地のイベントにも積極的に販売ブースを出し、認知度を高めることも忘れません。

 静岡東部は都心からも東海道線で2時間程度で来られるので、SNSで存在を知った県外からのお客さんも一定数いるんだとか。

 冒頭で述べましたように東京からは個人経営の古書店が急速に減りつつありますが、静岡東部のような「首都圏から気軽に日帰りできるローカル」では、むしろこれから増えていくんじゃないかと私は考えています。

 東京からちょっと離れただけで家賃相場はグッと下がりますし、古書マニアというのは「あなどれない店がある」と聞けばたいがいの場所には出向くものですからね。

 これは古書店経営だけの話ではなく、「本当にやりたかった商いで一国一城の主になりたい」と考えている方は「東京のちょっと外側」での出店を考えてみたらいいと思います。

 私の居住エリアは特にオススメなんですが、サブカル系のショップだったら特に大歓迎しますよ。

 ハニカムさんと私と共に、静岡東部に新しい「場」を創りませんか!?