多くの商品が消費税10%になり、値札を見ると反射的に「高いな~」と感じることが増えてきました。キャッシュレス還元を使用すれば一部は戻ってくるケースもあるものの、必需品も嗜好品もじわりと値上げされているのをひしひしと感じています。

 ただ、そのたびに思うのは「商品が高いと思うのは、あくまでも私の価値観だな」ということ。私が高いと思った商品を何も気にせず楽しんで買っているお客さまを見るたびに、自分の判断を過信しないようにと考えます。

自分の意見が消費者の総意ではない

Toshi Yoroizuka TOKYO(東京)のライブキッチンで誕生日に食べたパフェ。前菜・リゾット・デザート(写真)の3皿で3000円。私にはぜいたくと感じてしまいましたが、隣の席で外国人観光客にメニュー内容を英語で説明しているのを見て、観光としては安いのかもしれないと感じました

 私たちはどうしても、自分の意見で物を見てしまいます。「1回の食事に3000円なんてぜいたく!」「日用品なんて100均で十分」など、自分が好んでいる基準で商品の価値を図ってしまうことが多いです。

 けれど、それはあくまでも一個人の意見です。目の前のお客さまが値段について何も言っていないのに「ちょっとお高いんですが……」なんてご紹介は、お客さまの予算をこちらの勝手な判断で低く見積もっています。お店側としては謙遜しているつもりなのでしょうが、かえって失礼にあたる表現ともいえるのです。

 もちろん、自分の価値基準を持つこと自体は悪いことではありません。リアルなお客さま目線を持つことは大切ですし、競合他社と比べて自社商品がどんな位置付けにあるのか客観的に見ることは大切です。

 ただ、「高い」か「安い」かを判断するのは、店で働く側ではなくお客さまです。お店として商品の良さを最大限に引き出して商品価値を上げることはできますが、最終的に購入を決めるのはお客さまだからです。

「カテゴリー別予算」の存在に気付く

 

 人の好みが異なるのならば、それぞれのカテゴリーに割り振る予算も人それぞれです。これはお金持ちだとか、年収や資産のことではありません。ある人は特別な出費よりも日常の暮らしで少しぜいたくして毎日ご機嫌に暮らしたいかもしれないですし、別の人は1年にとっておきの日を作り、そのご褒美のために働いているのかもしれないのです。

 より具体的に、もっと小さな範囲で言い換えます。普段のランチは節約のためにお弁当という人が、食費を抑えているとは限りません。友達との食事の場では、とびきりおいしいものを食べると決めているかもしれないのです。逆に食事に関わるお金はとことん節約する分、自分の好きなアーティストのライブへの遠征費用やオシャレ代は惜しまないという人だっています。

 安全、サービス、デザイン、満足感、コストパフォーマンスなど、人がお金を払いたいと感じる要素はさまざまです。そう考えると高過ぎる商品なんて、ほとんどないといえるのかもしれません。自分の店の商品が「高過ぎる!」と感じる人は、一旦その商品の値段にこだわらずに、商品そのものの良さを見詰め直してみてはいかがでしょうか。