文喫は、東京・六本木にある入場料を支払って約3万冊の本を自由に読める「書店」です。座席数は90席で、スペース自体はそれほど広くないもののとても工夫がされています。大きな窓を眺めながら本を読めるスペース、クッションに寝転がりながら自宅のようにくつろげる場所など、気分に合わせて楽しむこともできます。

 ブックカフェ自体は駅ナカや蔦屋書店など、最近では珍しくありません。ただし特筆すべきは、1日中利用可能とはいえ、書籍代とは別で入場料だけで税込1650円かかることです。

 書店や図書館なら無料で何時間でも本を吟味することができるにもかかわらず、なぜこういったビジネスモデルが成り立つのか、ずっと気になっていたので実際に体験してきました。その上で、私が感じたことをまとめます。

レトロ・ロマン空間で雰囲気を作る

 私が文喫に入って真っ先に良いと感じたのは、静かに本を選び、読む空間が守られていたことです。

 今回私が利用したのは、冒頭の写真に載せた電源完備の閲覧室。緑の卓上ライトは本を読む人にとっては雰囲気や使い心地はもちろん、何だかレトロでうれしい演出です。テーブルは大きな画集を広げ、何冊も積読しても十分なスペースがあります。店内にはWi-Fiもあるため、PCで資料作成をしたり作業している人も見受けられました。

 カウンターで頼むタイプのコーヒーと煎茶がお代わり自由なのも、他店との差別化につながっているのではないかと感じました。2時間に1回は注文が必要などのルール化はされていないので、来場者は読書に集中することができます。また、ファミレスのようにオーダー品を運ぶ人の手間を省くのではなく、気兼ねなく長居ができるように飲み放題をうまく活用している印象を受けました。

 そして文喫は、惜しまれつつ閉店した旧青山ブックセンター六本木店の跡地に建てられています。これは個人的な感想ですが、愛されていた書店の跡地に建てられた「本と出会うための本屋」というコンセプトも、集客に一役買っているのではないかと感じられました。

不自由のない空間、本格的な食事

右はロッカーの鍵。荷物で手がふさがっていて本が選べない状態を回避する工夫が見られる。左は有料の飲食を頼んだ際の呼び出しベル。

 通常の「書店+カフェ」の組み合わせは、既存の書店にカフェを融合したものなので座席数が少なめであったり、他人の会話や周囲の雑音が気になって読書に集中できないという問題がありました。

 文喫では店内を5つのコーナーに区切り、利用シーンごとにそれぞれ場所を設けています。談笑や打ち合わせが可能な研究室、飲食と会話が可能な喫茶室といったように、店内でニーズのすみ分けがされているのです。個人・法人対象の1カ月通い放題の定期券もあるので、一定数の要望があるのだと思います。

 また一度入場すると途中退出不可のため、本格的な飲食も用意されています。ハヤシライスはとろとろに煮込んだ牛ほほ肉をナイフとフォークを使って食べる本格派で、事前に下調べしていた私でも驚くほどしっかりした「料理」が提供されました。

左・牛ほほ肉のハヤシライス1188円(税込)。手前右は煎茶。ホットドリンクには蓋を付けてくれる気遣いもある

原点回帰? 長時間滞在がリアル店舗の決め手に

 これまでのリアル店舗では「物」そのものが価値を持ち、物を買いに行く場所というのが通説でした。書店でも同様で、「本」そのものに価値があり、「本」を買いに行く場所でした。

 ですが、今のリアル店舗はむしろ「居場所」が求められているのではないかと思います。居場所と一言で言っても、いろいろあります。人が多数集まるコミュニティ的な存在、快適で居心地の良い空間を作ること、長時間滞在できるスペース、生産者や作り手から直接話を聞ける場所、その道に詳しい人が集うファンスポット……。

 魅力的な物があるのは大前提で、それに加えて人が集まる、どうしても訪れたくなってしまう居場所としての店を作ることができれば、そこに人は集まってくるのではないでしょうか。

 技術の発達によって、遠くにいる人とも今では簡単に連絡を取り合うことが可能です。簡単な用件だけなら一瞬で終わってしまうからこそ、私たちはある意味でもあえて効率性とは真逆である、生身のコミュニケーションを欲しているようにも感じます。

 これからは、店舗にわざわざ来る強い動機を持つ店が強いと私は感じています。その一つが、「長時間居ても苦にならない、居心地の良い空間」に当たるのではないでしょうか。実際、現在集客できている店舗は、居心地を重視した店舗が格段に増えたように感じています。

 

 時計が16時を過ぎて私が帰宅する際、18時からイベントを控えた文喫は、雨の平日にも関わらず店内の椅子はほぼ満席でした。決して安くない金額を払って多くの人が本を選んでいる姿を見て、本を吟味する時間に値段を付ける強さを感じさせられました。