異常が起きると、アラームを遠隔地で受信して現場に駆け付ける警備員(のイメージ)。

 警備員は、タイにおけるブルーワーカーの代表的な職種の一つ。コンドミニアム(日本でいうマンション)、駐車場、ショッピングセンター、一軒家。さまざまな場所で制服を着た警備員を目にする。

 だが、警備員がらみの問題も少なくない。盗みの手引き、窃盗、ドラッグなど、警備員自身が犯罪に関与する例が多数報告されている。警備の質が高いとはいえず、セキュリティに対する人々の意識も日本とは異なるタイで、セコムはいかにして現地化を図り、ビジネスを展開しているか。新事業にも積極的に挑むセコムの挑戦をレポートしよう。

機械警備への信頼のために悪戦苦闘

 セコムがタイに進出したのは1987年。自動車産業をはじめとする製造業が続々とタイに現地法人を作り、工場開設を加速させていた第1次ブームのさなかだ。

 これからは必ずタイでも機械警備の需要が高まるはず。そんな読みから、セコムは食品や医薬品、衣料、化粧品、生活雑貨、家電などの300社以上もの企業を抱えているタイの財閥・サハグループと提携し、合弁会社タイセコムセキュリティを設立した。

 ここで、セコムが得意とする機械警備について説明しておきたい。機械警備とは、警備員や守衛などの「人」を置かず、警備対象施設にセンサーを設置することで、建造物への侵入や火災などの異常を機械で察知し、その発報を遠隔地で受信したらすぐに警備員が現場へ急行して、初期対応をとる形態の警備業務を指す。

 機械警備の対極が、機械に頼らず、人を配置して警備を行う常駐警備だ。タイではこの常駐警備が一般的だったことから、タイセコムは当初、悪戦苦闘を余儀なくされた。

 江頭恵太マネージングディレクター(MD)は言う。

「創業した頃は機械警備の提案をしても、警察を呼んでもなかなか来てくれないのに、警備員が来てくれるなんて信じられない、というお客さまの声が多かったようです。人件費も安いので、機械警備の良さがあまり理解されず随分と苦労したと聞きます」

 タイの人々の警察に対する不信感は根深い。賄賂や横領、犯罪組織との癒着、富裕層の特別待遇など、たくさんの深刻な問題が現在進行形で起きているからだ。

 かといって、常駐警備に安心感を持っているわけでもない。2年前に警備業法が制定されるまで、警備員は不法就労の温床だった。資格もなく、国籍条項もなく、長時間勤務で賃金は安い。警備員がらみの犯罪が多発しているのも先に述べた通りだ。

 日本では警備業法のもと、警察と民間の役割がすみ分けされ、民間の警備会社は通報があれば、資格を有した警備員が一定の時間内に駆け付けることが決められている。機械が発したアラームを受信すると機械警備の技術的な知識を有し、護身や心肺蘇生などの研修も受けた警備員が現場に駆け付け、対応する。セコムが展開している機械警備は、警察と警備会社への信頼がベースにあるからこそ成立する官民連携のビジネスだ。

 欧米にも同様の警備業法があり、機器のメンテナンス頻度まで厳格に決められている。だが、タイをはじめ、ASEAN諸国ではシンガポールを除き、警備に関する考えもシステムも前近代的な水準だ。常駐警備でさえ信用できないのに、機械警備で安心できるのか。アラームが鳴って、本当に駆け付けてもらえるのか。それが人々の率直な心情だった。

 セキュリティに対する意識が異なり、建物も機械警備を想定した作りになっていないタイでいかにして機械警備の良さを訴求し、理解してもらうのか。タイセコムは、まずは日系企業の工場を中心に自社製品の販売も併せて行いながらシステムの導入を進め、法人需要を獲得することとで会社の事業基盤を安定させた。

 やがて、評判が広がり、機械警備はタイのローカル企業の間でも普及していく。今や、タイの大手金融機関や有名小売りチェーンもセコムのユーザーだ。機械警備のマーケットにおけるタイセコムのシェアは圧倒的なトップを占めるに至った。

 2年前の警備業法の制定により、警備員には国籍条項が定められ、最低賃金もアップした。タイの常駐警備が曲がり角にきていることは間違いない。一見、機械警備へのシフトを後押しする流れに思えるが、現実はそうではないようだ。江頭MDは指摘する。

「別の動きが起きているんです。通信事情が格段に向上し、スマートフォンが普及したことで、警備を既存の市販されている機器で済ませようというトレンドです。日本はゆっくりと、常駐警備から機械警備に進化しましたが、タイでは機械警備へのシフトを飛ばして、いきなり別の方向に向かいつつある。機械警備の意味や役割が今、問われているところです」

 現状、オフィスや工場、店舗など法人需要は順調に伸びてはいるが、もう一つ別の柱となる事業を確立した方がいい。そうした判断から、2017年から同社はオフィスや工場、店舗や駅を対象にAED(自動体外式除細動器)の販売・レンタル事業をスタートした。

 医療従事者に限定されていたAEDの使用が日本で一般の人にも認められたのは2004年。同年、セコムは日本初となるAEDのレンタルサービス「セコムAEDパッケージサービス」を発売した。これまでに22万台以上を販売し、医療機関や消防機関を除く一般市場では国内トップレベルのシェアを獲得している。

 AEDの販売やレンタルはセコムの強みの一つだが、仏教国であるタイでは「寄進」という形で公園や病院にAEDが設置されるケースが多く、民間業者による販売は遅れていた。ここにタイセコムセキュリティは参入し、啓蒙活動を推進しながら販売を進めていった。

「企業がAEDを採用すると、講習パッケージとして従業員に集まってもらい、AEDを実際に体験してもらっています。当初はAEDの認識度は低かったのですが、徐々に上がってきました。とはいえ、まだまだ低いのですが(笑)、企業が困ったときにセコムが協力できる体制を作るきっかけづくりになっています」

 タイセコムのAEDの契約件数は、既にタイのローカル企業が日系企業より多くなっている。AEDならセコムという図式がタイで形成されているようだ。

タイセコムセキュリティのカメラ監視システム。タイの機械警備ではNo.1のシェアを誇る。
タイセコムセキュリティのMDを務める江頭恵太氏。

新規事業確立への取り組み

 法人向けのセキュリティに加えて、AEDという新規事業を成長させたタイセコムセキュリティは、2019年からは個人向けのホームセキュリティ事業も新たにスタートした。法人向けには、既に日系やタイの不動産会社と提携し、新築の建物の安全性を高めるために建築の段階からホームセキュリティシステムの導入を図っているが、問題は個人向けだ。参入のハードルが高いのだ。

「やはり常駐が前提になっているんですね。一戸建てでもコンドミニアムでも警備員を置いて警備をするのが当たり前。人がいるから、警備システムはいらないという考えが根強いので、そこを崩していかなればなりません。まずはセコムのブランドを一般の方に訴求することからスタートしています」

 具体的には、住宅や建材、サハグループの展示会や見本市などに出展。一戸建ての家を計画しているタイ人向けに知名度アップを図っている。日系の保険会社と手を組み、ホームセキュリティと組み合わせた損害保険の販売も2019年7月から開始した。

 良くいえば楽観的、悪くいえば先のことを考えない国民性ゆえ、タイ人の損害保険加入率は決して高くないが、保険の必要性についても今後、アピールを強化していく方針だ。

「これまで何も起きなかったから、これからもきっと大丈夫。そんなタイ人の感覚を変えていくことが課題ですね。『これをやると楽ですよ』『儲かりますよ』といううたい文句は効果的なので(笑)、『遠隔操作でコントロールすれば日常の煩雑な手間が軽減されて楽になりますよ』と訴えています。とりあえず試してみるという傾向は非常に強いので、まずは体験してもらうことが大事ですね」

 SNSコンサルティングなどを手掛ける英国のWe Are Socialの調べによれば、タイ人は、世界で一番SNSを利用している国民だ。1日当たりの利用時間はなんと9時間半。SNS漬けといっても過言ではないタイ人のライフスタイルを考えると、SNSを使ったプロモーションは必須だろう。

「タイはいろいろなマーケットの実験場だと考えています。ASEAN諸国のさまざまな需要が混在しているのがタイ。5Gの時代を見据えて、セコムの見本市として新しいことに積極的にチャレンジしていきたいですね」と江頭MD。常駐警備の時代から一足飛びに変貌しつつあるタイのセキュリティマーケット。セコムにとってタイは、別の新たな国で通用するノウハウを蓄積する舞台となりそうだ。

法人から個人マーケットにも手を広げ、現在、一軒家への機械警備の導入を推進している。
新規事業として販売・レンタルを開始したAED。徐々にAEDの必要性がタイでも認識され始めた。