2020年8月に閉店すると発表された港南台タカシマヤ

 百貨店の閉店ラッシュに歯止めが効かなくなり、量販店の業態瓦解が最終局面に至るなど、かつて栄華を極めた巨大流通業が無残に崩れ落ちていく様は“時代の変化”だけでは説明できないものがある。外部要因もともかく、組織が自重で自壊していく壊死のメカニズムを止められなかったことが真の要因ではなかろうか。

勝者は優越的地位で自壊する

 百貨店も量販店も頂点を極めた時、勝者として優越的地位を欲しいままにし、それゆえ経費構造が肥大してコスト競争力を失い、顧客や取引先が離反して新手のライバルに地位を奪われていった。ZOZOのヤフーによる買収に至る経緯を見ても、優越的地位による経費構造の肥大と事業モデルの硬直化、それによる焦りが経営判断を誤らせたことは否めず、古典的な店舗小売業からECプラットフォーマーまで、誰もマルカム・マクネアの「小売の輪」の呪縛を逃れられないのが現実だ。

 百貨店は84年頃の委託取引へのシフト、92年から98年にわたる12ポイントもの納入掛け率切り下げ、近年の幼児的ショールーミング拒絶(タブレット接客の禁止など)、と三度に渡る堕落で商品のお値打ちを半減させ顧客の利便を妨げ、顧客にも取引先にも愛想を尽かされた果ての必然の没落だった。優越的地位を濫用して顧客や取引先に犠牲を強いた分、コストを切り下げる努力を怠り、黒服階級という非生産的管理組織を温存して現場の活力を損ない、果ては先達が築き上げた不動産の上に定期借家テナントによる商業ビル化と棚ぼたのインバウンドに依存して存続を図る有様は事業ではなくランティエでしかない。

 量販店も半世紀以上も前のチェーンストア神話を盲信して中央集権の官僚組織を肥大させてしまい、POSに依存して現場の運用スキルと活力を損ない、自社の能力を過信して商社やベンダーの効率的VMIと物流機能を損ない、数字と人事の官僚的マネジメントでヒラメ型組織人の寄生を許し、顧客に向き合う力を失って自壊していった。SPA化しようとカテゴリー別専門業態に分化しようと、中央集権の官僚支配体制を根絶しない限り、組織の壊死は止められない。

 百貨店や量販店の凋落を見るにつけ、組織は優越的地位で肥大した自重で壊死していくものなのだと痛感される。それは食物連鎖の頂点に立つ最強の生物が先んじて絶滅していった歴史とも呼応する。

生き残る蜥蜴は頭を切り捨てる

 追い詰められた蜥蜴は尻尾を切り捨てて生き延びようとするが、それは企業も同じだ。不採算な店舗や事業を余剰となる人材とともに切り捨てる“蜥蜴の尻尾切り”を行った企業が再び成長力を取り戻すケースは皆無に近いが、組織の活力を奪う“癌”たる頭部(経営陣)を切り捨てた企業は化け上がるケースが多い。

 企業も幹部も地位が高まるほど既得利権に安住しようという本能が作動して守りに入り、組織が細胞の新陳代謝で再生する活力を奪ってしまう。それでも過去の資産を食いつぶしながら延命はできるが、再成長に転ずることは皆無だ。壊死を避けるには“癌”たる頭を切り落とすしかないが、頭が自裁を決断することは皆無に近い。若手幹部や株主がクーデターを起こすか、はたまた外部の乗っ取りに期待するしかないが、そこに至るまでに組織の活力は枯れ果て、資産も食いつぶされてしまう。

 優れたオーナーは定期的に組織の頭(経営陣)を切り落とし、強制的に世代交代させてしまう。はたで見ていると、そのサイクルはだいたい8年で、取締役なら4期、米国大統領なら2期だ。米国大統領に三選を許していないのは統治の経験的知恵なのだろう。ちなみに人体を構成する細胞は約3カ月で全て入れ替わって生命体を維持するが、入れ替わらず増殖する“癌”を放置すれば生命体は終わる。

 クーデターを起こすのは若手幹部や株主とは限らない。百貨店業界で創業家や専制的なサラリーマン経営者を追い出したのはほとんどの場合、メインバンクの支持を取り付けた労働組合だった。松坂屋、伊勢丹、髙島屋、皆そうだったが、新たに権力を握った経営陣が権力の座に恋々とせず次世代にバトンを渡すとは限らない。社長の座は譲っても事実上の“院政”を敷くケースもあった。

 中国四千年の易姓革命の歴史でも禅譲は皆無で、ことごとく簒奪だったから、権力の禅譲は難しいもののようだ。それゆえ唐の律令では前王朝の子孫に対する「議賓」(罰の特権的軽減)を定めていたし、経営陣の交代が当たり前の米国企業では雇用契約にパラシュート(退職報酬や年金)を織り込んでいる。

組織と在庫は止まった瞬間から腐り始める

 寡占的大企業に限らず、組織は基盤を確立して同じやり方の足し算や掛け算で大きくなり始めた瞬間から腐り始める。違うやり方、違う土俵を求めてうごめき続けない限り、組織の保身と官僚化は避けられない。

 組織を壊死させる“癌”を発芽させないためには、変化と挑戦、現場至上と信賞必罰の風土を崩してはならない。安心と安定は必ず組織に肥満と硬直化、そして官僚化をもたらすからだ。『転石苔を生ぜず』とはよく言ったものだと思う。

 それは在庫とて同様で、止めたりためたりした瞬間から腐り始める。倉庫に棚入れしては賃料とマテハンコストがかさむから受注先行のスルー仕分けに徹するべきだし、店舗在庫とて後方ストックに積み上げたり売れないまま売場で眠らせては販売チャンスはないから、出前訴求で多重露出させ再編集を繰り返して執拗に売り切るべきだ。それはECとて同様で、在庫を売場に置いたまま幾つものサイトに多重露出して販売機会を最大化するC&Cとドロップシッピングに徹するべきで、ECモール事業者に在庫を預けるなどとんでもない愚行だ。

 自社のBSに計上しないで商社に抱えさせた在庫とて、倉庫に積んだままでは刻々と腐っていく。ましてや、売れ残り在庫を減損処理しないで翌期に持ち越す習慣は“癌”を温存するようなものだ。

 小売業は“流通業”であり、在庫は鮮度を保ってスムースに流れ顧客に渡ってこそ“商品”になる。ダム型サプライより清流サプライ、作りだめの売り減らしよりオンデマンド生産・サプライの方が消化回転もキャッシュフローも優位なのは論ずるまでもない。組織も在庫も止まらず流れてこそ生きると肝に命ずるべきだろう。