毎年、赤トンボを見掛けると思い出す出来事があります。

 それはコンビニ経営をやめる数年前のこと。競合激化により、売上げはもろくも崩れましたが、タイミング良く、たばこの販売免許を取得。店舗近隣にたばこ販売開始のチラシをポスティングし終え、昼のピークタイムに店舗に戻った時のことでした。本棚の前で何食わぬ顔で、立ち読みしている1人の男。私は思わず、身を乗り出してヤツをガン見していました。

ヤツは万引常習者の『クロ男』

 ヤツとは「万引常習者」。以前より従業員から本棚の前で挙動不審な行動をする男性客の存在を聞いていた。そばに行き、「いらっしゃいませ」「お客さま何かお探しですか?」と声掛けすると、こちらをにらむが、明らかに上着が膨らんでいた。

 その男が店を出た後、恐る恐る、後ろ姿を追うと、上着から取り出した本を自転車のカゴに入れ、走り去って行きました。

「明らかに様子がおかしいから調べて」と、従業員からレシートを受け取り、その時の防犯モニター映像を見ると、全身、黒装束の男性『クロ男』が現れた。

 入店から退店までの時間が長い。周りを見回すそぶりは見せず、立ち読みをしているが、一瞬の間に上着の中に本を隠し入れる。そして“仕事”を済ませると、素早く立ち去って行ったのでした。

 明らかに常習性が高い! 競争激化の逆境の中、店の再構築の最中にこんな悪質なことをするとは、と怒りが込み上げてきました。

 俺の『コンビニ博打人生』、悪質な賭場荒らしは許せない! そうした悪人は必ず捕まえる。『クロ男』は逃さないと、ヤツの容姿、体型、衣服と推定年齢を頭に焼き付けたのでした。

捕まえるには周到な準備が必要

 この『クロ男』の犯行の手口は、衣服に本を隠し入れ、奪う方法でした。犯行現場の一部始終を記録できるよう、設置した防犯カメラに死角がないか、本棚周辺の防犯カメラの角度も再度調整、防犯モニターがきちんと動いているか、念入りな確認も行いました。

 後々の犯罪容疑立証に向け、証拠の準備です。また、法律的には万引したことを目で「現認」できれば、「現行犯逮捕」できます。その場で直ちに捕まえるために、『クロ男』に分からずに死角に潜み、この目で「現認」できるか、何度も確認を繰り返しました。そして再来店に備えていたのです。

 そして、その日がやってきました。立ち読みをしている『クロ男』を発見したのです。事務室のモニターで様子を見ながら、容姿、体型、衣服、推定年齢を確認。『クロ男』は思っていたよりも背が高かったのですが、今回も全身黒装束、背中に黒色のリュックサック。私は臨戦態勢に突入しました。

 バックヤードに移動。ウォークインクーラーの中に身を隠し、飲料の棚の隙間から、行動を監視しました、なかなか動きがなく、体が寒くなってきた時、『クロ男』が左右に頭を振って周りを確認、前屈みになった瞬間、片手で本をわしづかみにし、上着に入れたのです。

 法律的に「着手時期と既遂時期」は、現場における物色行為をもって「着手」。被害者の財物・商品を、行為者が懐中・衣服に入れ占有した時点で「既遂」といい、店内であろうが、捕まえることができるのです。

通常、万引は店内では捕まえません

 ただ、通常、万引犯は店内では捕まえません。それは「お金を払うつもりだった」との言い訳をさせないためです。そのため、未精算で店内から出た時、確実に「万引した事実」が定まってから、「お客さま、すみませんが」と声を掛けるのです。

 しかし、今回の事例は万引常習者。前回、起こした事件の入店から退店までの映像記録を証拠として保管しています。

 そこで、ウォークインクーラーから本棚に向かいました。『クロ男』は平然と立ち読み中。真横から見ると上着が膨れています。そしてよく見ると本が上着の脇からはみ出ている。と、ここまで確認した時、『クロ男』は店舗出口に向かって歩き出しました。

 このままだと逃げられる。

「すみません、お客さま」と声を掛ると『クロ男』は「どけ! じゃまだ!」と強引に立ち去ろうとします。そこで、「先ほどから見ていましたが、衣服になぜ本を入れるのですか?」と尋ねました。

 混み合う昼のピーク時の店内に、彼の「ウルセーバカヤロー」の怒号が響き、私は現行犯逮捕の要件は整ったと判断し、暴れる『クロ男』を店舗事務所に連行したのでした。

 警察官に身柄を引き渡す間、『クロ男』は「監禁だ! 監禁されている! ここを出せ! バカヤロー」と怒鳴ると、再び、私の制止を強引に振り切り、狭い事務所内で暴れ騒ぎ出しました。盗人猛々しいとは、まさにこのことだと痛感しました。

『クロ男』はそこまでして逃げたいのか。話し掛けても会話になることはなく、狭い事務所の中でもみ合いとなりましたが、何とか抑え込むように防戦し、警察官の到着を待ちました。

 その時です。腕に痛みが走ると、血がすーっと流れてきて、床にぽたりと落ちたのでした。

 もみ合いの中で『クロ男』の爪で引っかかれたのだろうか? その後、痛みが全身に広がってきましたが、刃物は見えません。

 刃物が確認できたら、正当防衛になる可能性が頭を巡り、『クロ男』に「事務所にはカメラがある。お前の行動は全て録画されている」と言い、自分の手の血をぬぐいながら「コンビニ、なめるのも、いい加減にしとけよ! このへんでな!」と言い放ちました。その直後から、凍り付いたように『クロ男』は静かになりました。

 そこへ警察官が到着。『クロ男』は警察署へ連行されました。その後、店舗内で今回の事件の詳細を警官に伝え、負傷した腕に応急処置を済ませ、警察署へ、盗犯係への被害届提出と事件の説明に向かいました。

警察署に被害届を提出

 警察署に着き、盗犯係の刑事さんに今回の事件の詳細を話しました。以前から、繰り返し本を万引する常習者でマークしていて、今回に至ったと。

 これに対する『クロ男』の主張は「コンビニに買物に入り、本を読んでいた。その後、買おうと手に持ち、レジに向かった時に店長に声を掛けられ、その後、無理やり、事務所に引きずり込まれ、監禁され、殴られた」でした。

『クロ男』の主張はあらかじめ想定していたので、『論より証拠』。「刑事さん、防犯カメラ、防犯モニターの画像、見られましたよね。確かに激しく暴れ、もみ合いましたが、店舗内、事務所の天井の防犯カメラからも今回の事件の経過は映像として録画しています。ですから、衣服に本を隠し入れた時点で既遂、私人でも現行犯逮捕は可能です。事務所に連行したのは、警官に引き渡す間の措置。負傷したのは私ですが、現実に殴ったり、蹴ったりと暴行した事実は映像としてないはずです」と、私の見解を話しました。

 そして、刑事さんは「映像を何度も確認しましたが、店長さんのお話の通りでした。あいつは嘘ばかりで名前を聞いてもデタラメを言うんですよ」。

 しかも、「コンビニへは歩いて行った」と言うそうなのですが、そこには不都合な事実が隠されていたのでした。

『クロ男』は実際には自転車で来店していましたが、今回の事件直前に他の店舗で本を万引し、それを自転車のカゴに入れていました。

 実は『クロ男』は執行猶予中(以前、書店で本をトイレに持ち込み、リュクサックに隠して出て来たところを書店警備担当が取り押さえ、現行犯逮捕。裁判で窃盗事件の有罪判決が出た)。その期間中にこの犯罪を行っていました。

隠し持っていた凶器

 その後、刑事さんから『クロ男』の氏名と年齢が40代であること、住所不定で無職、盗品を換金しては泊り歩いていることや所持品の中にドライバーがあったことなどを教えていただきました。

〈私がけがをした際の凶器はこのドライバーが使われたのでしょうか。刺された時は分かりませんでしたが、数日後に傷痕を見てドライバーによる傷だと気が付きました〉

 そして、刑事さんから「今回、店長さんがおけがをされていることは本当に良く把握しています。ただ、今回あいつは、お話したように執行猶予中で必ず本の万引窃盗未遂で固めて入れるように動きますから、おけがの件は正直、立件が難しいので勘弁してください」との要望がありました。

 素人ながら、万引犯が逃げる際に暴れて被害者にけがをさせ、その証拠が映像で残っているわけですから、事後強盗か窃盗及び傷害でないのかと疑問に感じましたが、普段からコンビニを営むには警察署、警察官にお世話になる機会が多く、今後も円滑な関係を保つことが無難と判断し、これを受け入れました。

 その後、『クロ男』は警察署から拘置所に移送され、担当検事さんから窃盗罪で起訴したと伺いました。

裁判所、判決日に傍聴しました

 開廷。裁判官、検事、弁護士、事務官に見渡すと傍聴人は私とあと一人の男性のみでした。しばらくすると、警察官2人に連れられて、被告人が入廷。腰に紐、両手には手錠。『クロ男』とは事件当日に一度、今回が二度目の不思議な会い方ですが、私に気が付いたのか、すごい形相で目を見開き、にらみ付けてきたのです。

 事件当日は肩近くまで伸びていた長髪が丸刈りに。目の周りは真っ青でした。にらまれるのは逆だろと思いながら、裁判長の話を聞いていました。当初の予測の通り、彼の主張は「本を買おうと手に持ち、レジに向かった! 上着に入れた覚えはない!」でした。

 しかし、裁判官は、同様の手口で窃盗事件を起こし、執行猶予中であり、「防犯カメラからの証拠写真を見ても、本を上着に隠し入れたことは間違いのないことは事実でありとし、懲役1年の判決が言い渡されました。

 結果的には、執行猶予の期間が加算され2年5カ月の収監になりました。裁判官の「今後、同様な事件を繰り返した場合、『常習累積窃盗犯』となり、窃盗、窃盗未遂罪など常習的に過去10年間に3回以上、これらの罪で懲役刑を言い渡された者が、繰り返し罪を犯すと、3年以上の有期懲役に処せられますから、

 これを機会に、反省し全うに生きていきなさい」と述べられた言葉が重く感じました。

 この事件の後にも白昼、堂々と酒を万引する事件が起き、防犯カメラ、防犯モニターの映像を証拠に事前に警察署に相談。被害届を提出し、再来店時に声掛けし、警察官に引き渡しました。窃盗罪で逮捕、罰金刑となりましたが、万引犯は、次から次へと現れました、まさにエンドレスでした。

万引は物販業に深刻な問題です

 万引や内部ロスを防ぐ手立てはないものか。実際、私が経営していた店舗では「老若男女」さまざまな事例が起きました。対応はケースバイケースで行ってきました。

 今回、悪質な事件を書きました。振り返ってみると、私はかなり強引な対応をしてきましたが、これは一般的ではありません。負傷のリスクがあるからです。例えば、怖そうな万引常習犯が万引をした場合、繰り返しますが、防犯モニターの映像を証拠に警察署に相談し、被害届を提出しておき、再来店したら、車のナンバー控え、110番へ通報するのです。被害届を出す時間が必要ですが、不要な負傷を負わずに済みます。

 コンビニは小型の店舗です。今のコンビニでは見慣れた光景になりましたが、私は早い時期から店舗内、事務所、バックヤード、ウォークインクーラー、駐車場に防犯カメラを設置しました。特に店舗内、レジカウンターの真上・左右、商品棚と、死角を減らす防犯カメラの配置をし、「防犯の要塞化」を進めました。何か起きれば防犯モニターを検索し、犯罪容疑立証に向け、証拠を固めるのです。

 そこまでしていても、残念ながらさまざまなケースが起きます、私自身、何度もしくじり、悔しい思いをしてきました。万引犯はどうせ分からない、捕まらないと考えていると、ビジネス経験35年の今では感じるのです。

 万引犯に対しては仕組み作りと、必ず捕まえるという気持ちを持って臨むのがよいと思います。具体的には不審者を検知し、従業員に知らせる防犯顔認証システムの導入などをし、そして、「いらっしゃいませ」「何かお探しですか?」という声掛けの徹底が重要です。あの店舗は万引がやりにくい!と思わせるわけです。

 とはいえ、現実的には万引犯を捕まえようとしても、金魚すくいの金魚のようにうまく逃げられ、案外と難しく、誤認によるトラブルも懸念されます。どうか皆さまのお店でもお気を付けください。