「小売業からこのような提言を頂くのは初めてかもしれませんね」

 菅義偉内閣官房長官のひと言は、小売業の訪問を待ちわびていたようにも聞こえるし、皮肉にも聞こえなくもない。去る8月28日午後、菅官房長官は小売団体からの政策要望を受け取った。要望元は、日本小売業協会、日本百貨店協会、日本ショッピングセンター協会、全国商店街振興組合連合会、ジャパンショッピングツーリズム協会の小売5団体。「訪日促進ならびに消費喚起を目指して~ショッピングツーリズムの更なる振興に関する要望~」と題した要望書に目を通し終えた時のセリフが冒頭のものだ。

 実はこの数時間前、菅官房長官は自らが議長を務める観光戦略実行推進会議で「大阪の黒門市場を視察した。外国語の商品解説、休憩スペース、無料Wi-Fi などの工夫が随所に見られ、大変な熱気があった。こうした取り組みが各地に広がるよう、積極的に連携・協力して全力を挙げていただきたい」と、主要閣僚に対し指示を出していた。

 確かに、小売業が観光についての要望書を提出したのは初めて。観光立国戦略がスタートし、免税制度が抜本的に改正されたのが2012年。なぜ、7年を経て今さらのように提出したのか。

訪日観光客の増加は自然増でなく国策

 今では当然の免税制度の改正指示を出したのが、内閣官房長官に着任したばかりの菅氏であったことはあまり知られていない。改正前、政府から免税手続きの現状についてヒアリングが行われたが、協力した小売業はわずかだった。というよりも、免税制度、訪日観光への関心も知識もなかったのだ。世界では常識のタックス・フリー・ショッピングの魅力と経済効果に着目し、「日本で活用されない理由」「どう改善すべきか」、この政策立案は政府主導で進められた。

 しかしその結果、1兆円以上の新たな売上げを手にしたのは小売業。まさに濡れ手に粟だ。ようやく誘客した訪日ゲストの売上げを、何も勉強も努力もしてこなかった小売店がさらっていく。観光業界は苦々しく小売業の好景気を見ていた。そんな小売業が、免税制度改正から7年経ってようやく、観光戦略に興味を持ち、要望を言うようになったのだ。

 

 訪日観光戦略に興味を持ち、最初に疑問を持ったのは、国の観光基本戦略「明日の日本を支える観光ビジョン」だ。訪日ゲストの消費の6割は商業施設・商店街で賄われている。だが、「明日の日本を支える観光ビジョン」に触れられていない。関係会議や、部署に疑問を投げ掛けても「当たり前すぎて触れていないのでは」との回答。

国の観光戦略から外れると補助事業や助成金で不利益

 しかし、基本戦略に盛り込まれていないと、補助事業や助成金に影響する。例えば昨年、北海道での地震、停電発生時には商店街・コンビニエンスストアに観光客が助けを求め、その役割が注目された。だが、その後の緊急電源の購入補助事業は「観光案内所」「ホテル」などの観光事業者が対象となり、商店街は含まれていない。体験ツアーや自然、文化などは海外に向けて多数PRされている一方で、訪日客に人気の商品やショップ、地域の名産品・伝統的産業品さえも情報発信量が極端に少ない。

 そんな状況に対し、「ショッピングは日本を代表する魅力の一つであり、外国人旅行者からもニーズの高い観光資源である。また、経済効果の観点からも戦略的重要性の高い観光資源である。」とし、「ショッピングツーリズムを観光戦略の大きな柱の一つに位置づけていただきたい」というのが、今回の要望の趣旨だ。

 

「急に訪日ゲストが増え、自然に売れた」と誤解していたが、それは国の戦略的な取り組みに支えられていたということ。さらにその戦略から小売業が外れていたことに気付いたのだ。小売業から能動的に取り組まなければ、さらなる市場の成長はない。“今さら”の要望だが、今、気が付き要望したことは、遅ればせながら大きな前進だといえるだろう。

 大手小売企業を所管するのは経済産業省、商店街・中小小売店を所管するのは中小企業庁。監督官庁の垣根を超え、5団体で要望したことも「初めてかもしれませんね」と言われた一つの要因かもしれない。説明のスタートを遮るように、菅官房長官は「この要望提出元には、地方や中小企業も入っていますか」と最初の疑問を投げ掛けた。このことからも、地方都市への分散、中小企業活性化が全国の活性化・魅力アップにつながるとの強い意志が見て取れる。

 政府は、2030年に15兆円、現在から10兆円増の消費拡大を掲げている。買物消費だけでもさらに5兆円以上の売上拡大が期待されている。われわれ小売業への期待と役割は大きい。

▼提出した要望内容はこちら→ https://jsto.or.jp/for-stores/newsrelease-190910/