私たちは「採用支援」の仕事をしています。採用支援といっても、応募者を「集める」支援ではなく、「見極め選ぶ」お手伝いです。

 行動分析の理論と技術を駆使する特殊な採用アセスメントを実施することで、リスクのある人が顧客企業に侵入しないように「番人」の役目を担っているのですが、私たちの門を叩いてくださる方は、採用でとても苦労されてきた方ばかりで、心に深い傷を負われた方も少なくありません。

「人を見極め選ぶ採用」が避けて通れない時代

「もう二度とあんな目には遭いたくない」との思いから、わらをもつかむような気持ちで、私たちのところへ来てくださるのだと思います。

 人を採用しようとする会社のほとんどは、今すぐに人が欲しいと願っています。特に中途採用は「すぐに人を入れないと現場が回らなくなる」「拡大戦略の遂行が阻まれ機会損失となる」などの会社の焦りを伴って実施されることが多く、どうしても「人さえ入れば」「今を切り抜けられれば」という近視眼的なモードになりがちです。

 一方、人を採用しようとしている会社の経営者や採用担当者は「人を見極め選ばなくてはいけない」という正論も必ず頭のどこかに据え置いているはずです。「すぐ採りたい」と「見極めなくては」とをどう折り合いを付けるかで、その会社の採用スタンスが決まります。

 創業後長きにわたり、私たちの顧客企業には物販・サービス業はありませんでした。いつも人手不足感が蔓延し、「今すぐ人が欲しい」のに「応募者が来てくれない」という状況が続くその業界の採用現場において、「人を見極めて選ぶ」という概念が入り込む余地などなかったのだと思います。

 ところが5年ほど前から外食産業からの問い合わせが増え、そこにアパレルのセレクトショップを展開している企業なども加わって、今では私たちの顧客の約3割が「物販・サービス業」で占められるまでになりました。

おくやま のりあき 概念化能力開発研究所(株)代表。商社の香港現地法人駐在などを経て、1999年に同社を設立。プロアセッサーとして顧客企業のHRM(人事資源管理)を支援する。近著は『採るべき人採ってはいけない人』(秀和システム)

「モンスター社員」が社会問題になり、「こんな人は採ってはいけない」(月刊『商業界』2019年2月号)という人を採ってしまった会社や店の惨状や損失が日々伝えられる今、人手不足という構造的問題を抱えるこの業界においても「人を見極め選ぶ採用」を避けて通れなくなっているということなのでしょう。

 物販・サービス業の顧客企業は「採用した社員やスタッフの定着率」を特に重視する傾向があります。人を確保しにくい環境の中、大変な思いで採用活動を続けているだけに、「離職」、とりわけ「早期離職」の頻度に敏感になるのは当然だと思います。

 採用担当者の心の中で「辞めない人を採用する」ことが採用目標に据え置かれるのも無理はありません。

「人が辞めるのは最悪の結末」という呪縛

 しかし、私たちは「良い人を採ればその人は辞めない」「辞めない人が良い人」とは考えていません。「良い採用ができれば早期離職を防げる」というわけではないのです。

 例えば、どんな会社も「労働環境」や「経営者や管理者の意識」などの問題を多少は抱えているものですが、頭の良い人ほどその部分を敏感に感じ取り、その会社を早々に見切ってしまうことがあります。私たちも経験不足の創業当初(20年前)、顧客企業の経営陣が抱える人格的問題を知らずに採用支援を敢行し、「頑張って良い人を採ろうとすればするほど離職率が高まる」という皮肉なスパイラルに落ちたことがありました。

 ベタな話になってしまいますが、「定着率を上げたければまずは自分たちの足許を見直さなくては」ということになります。

 また、会社側に問題がなくても、採用された人の「やりたい仕事」「なりたい自分」と会社側の「やってほしい仕事」「なってほしい人物像」との間にずれが生じたとき、その人がいくら良い人であっても、退職を止めることは難しくなります。

 それは、どちらが悪いわけでもありません。採用した人が定着するか否かは、はっきり言って時の運です。

 確たる基準の下に優秀と診断された人を採用しても、もろもろのタイミングやその人と会社との相性が良くなければ、早期離職に至ることも十分あり得るからです。

 定着率や離職率などの数字のみで採用を評価しようとすると本質を見誤ります。採用した人が辞めていくのを見送るのは確かにつらいものです。でも、それよりももっとつらく怖いことがあるのを忘れてはいけません。

モンスターの侵入を防いで会社を守る

 優秀な人が辞める時、必ずその人は「役に立てなくて申し訳ない」「本当にお世話になりました」のように自責と感謝のスタンスを崩さずに辞めていきます。

 人が辞めてしまうのは店にとってとても痛いことではありますが、そのような人を採用し、辞めていかれるまでの時間を否定的に捉える必要はなく、自分の会社や店がその人のキャリアプロセスの一つに刻まれることを喜ばしく思うべきだと思います。

 これはきれい事ではなく、今の経営者には必須のマインドセットだと私たちは考えています。

 一方、モンスター社員は会社や店のことを散々こき下ろすくせに、なかなか会社を辞めません。すったもんだがあってそのモンスターがやっと会社を辞めてくれるまでの間、その会社は実に多くのものを失います。

 優秀な人が辞めた後にはまたきれいな花も咲きますが、モンスターが辞めた後には、しばらくぺんぺん草も生えません。

「スタッフの定着化」に本気で取り組むなら、漠然と「辞めない人を採りたい」などと願うのではなく、とにかく「採ってはいけない人を採らない」ことだけに注力するべきです。

 モンスターが一人存在すると、まず、その人が関わる場所で確実に損失を生じますが、事はそれだけでは収まりません。モンスターは、周囲のグレーな人たち(どちらにも転ぶ人たち)に会社の悪口を吹き込み、グレー層を真っ黒に塗りつぶしてしまいます。私たちはこれを扇動行為と称しています。

 モンスターは、前述の自責の人とは正反対の「他責の人」です。会社や店で自分の思うようにいかないことがあると、自分を省みずに会社や店のせいにします。そして「自分をこんな目に遭わせる」あるいは「自分を認めてくれない」会社や店に対して恨みを抱き、同士を次々に巻き込んで、反会社的(今話題の「反社会」ではありません)な働き掛けを繰り返すのです。

 このような人は社歴や年齢に関係なく、どの層にも存在します。

 この扇動行為には、「自分の心を守る」という強烈な動機があるので、たとえ当該社員が新入社員や若手社員であっても、その負のパワーは強烈です。この状態は「主犯」が退職するまで続くことがほとんどで、会社や店の空気はどんどん悪くなります。

 そしてその結果、当然ながら「まともな人」が辞めていきます。定着率の悪い会社や店の中には、大なり小なり、この「反会社的な勢力」が存在していることが多いようです。

 ちなみに、「モンスター」は入社後すぐにそうなるわけではありません。

 もちろん採用時も普通の姿形をしていますが、自分の思うようにいかないことや不利益が増すほどに怖い人になっていきます。

 また、プチモンスター(前述のグレーな人)のような人はその何倍もいて、自分からモンスターには変身しないものの、強いモンスターの影響を受けることでモンスター化します。プチモンスターも合わせた「モンスターになるリスクを持つ人」は、私たちの採用アセスメントの臨床から推察すると、多くの方の想像を遥かに超えるレベルで世の中に存在すると思われます。

 20年間採用支援の仕事を続けてきた私たちには、ひそかな自慢があります。採用アセスメントに通過して採用された人が組織に根付かず辞めてしまったことはあっても、採用された人がモンスター化したり変な辞め方をしたりしたことは、一度もありません。

 採用アセスメントで、少しでもモンスター化するリスクのある応募者を、リスクマネジメントの見地から徹底的に排除し続けてきたからです。そこで私たちが着目し続けてきたのが「精神的自立性」という属性です。