左:ロイヤルホールディングス 代表取締役会長 菊地唯夫氏 右:吉野家ホールディングス 会長 安部修仁氏 撮影/千葉太一

 料飲稲門会(会長/桑原才介)では(株)吉野家ホールディングス会長安部修仁氏のセミナーを開催。当日会場には100人を超える聴講者が参集した。

 料飲稲門会とは早稲田大学OBの飲食業関係者、飲食業に興味を抱く学生等で運営されている交流会。また、早稲田大学関係者でなくても友好会員として活動への参加を歓迎している。

 前回までの記事では、吉野家の事実上の創業者 松田瑞穂氏の話や、吉野家が急成長し倒産した理由、店舗に牛丼が消えた期間、後継者についてを中心にまとめた。今回は、セミナーの最後に行われた安部氏とロイヤルホールディングス 代表取締役会長菊地唯夫氏の対談をまとめた。

前回までの記事はこちら↓↓

吉野家HD会長 安部修仁が語る「おやじの教え」

「吉野家」が急成長し倒産したワケ

「吉野家」から牛丼が消えた日々

吉野家HD会長が語る「承継者から承継者へ」

フードサービス業における「アート」と「サイエンス」

菊地氏:外食産業は「アート的」な部分と「サイエンス的」な部分との二面性のある産業だと感じています。ここで言う「アート」とは「新しいものを感性で生み出す力」、それをビジネスに組み立てるものは「サイエンス」です。

 この業界の難しさは、アートが強過ぎるとサイエンスが弱くなり事業継続が難しくなる。逆に、サイエンスがあまりに際立つとアートの魅力が失われていく。この難しさにどう答えを出すか、これが大きな課題だと思います。

 さて、飲食を提供する産業としては、世界で売上げが1兆円を超える会社は、2つの業態カテゴリーしかありません。

 1つはファストフードサービス(以下、ファストフード)。もう1つはコントラクトフードサービス(社員食堂など/以下、コントラクト)です。ファストフードではマクドナルド、サブウェイ、KFCなどが世界で年商1兆円を超えています。コントラクトフードではコンパス、ソデクソ、アラマークなどの企業が1兆円以上の売上げを上げています。

 ところが、レストランチェーンで1兆円を超えている会社は、私の知る限りではないようです。この違いは、レストランチェーンはアートが先行して、新しい業態を感性によって次々と生み出さなければならないからだと思います。

 一方のコントラクトは、アートよりもサイエンスで論理的に組み立てるビジネスです。拡大再生産ができるので、だからこそ1兆円を超える売上げが可能になるのでしょう。このようにフードサービス業における「アート」と「サイエンス」が産業構造に対して突き付けている課題は大きいと思っています。

 吉野家ホールディングスの安部修仁会長はものすごく「サイエンス」があって、「アート」もある、業界の中では稀有な人物です。それは、「牛丼の味も含めて、吉野家のビジネスモデルがサイエンスでできているので、牛丼ではない他の商品でもできる」というお話は「サイエンス」がベースになっているからです。また、「米国産牛肉を使った牛丼が出せなくなったから、牛丼をやめる」という判断はものすごくアート的だと思います。

 ここで私から安部会長への質問です。安部会長のお話にはとても大事なテーマが幾つかありました。

 1つはリーダーシップです。これについては「危機」におけるリーダーシップ、「平時」におけるリーダーシップという具合にさまざまな局面が存在していました。

「危機」におけるリーダーシップを発揮するためには、「平時」において会社をどのように俯瞰しているかというバックグラウンドがあったからこそ、自信を持って危機におけるリーダーシップが発揮できているのだと思います。その点について、安部会長より改めてお話ししてください。

ルーティンワークの中に存在する「挑戦」

安部氏:このリーダーシップ論については、「私が社長になってから」と「それ以前」とでは少し性質が異なります。

 社長になってからの「平時」は、予算という形で数字は当然定められていて、それをディスクロージャーしなければなりません。一方、数字以外の「今年は何がテーマになるか」という定性的、精神的なテーマも同様です。

 毎年、正月に幹部たちにメールを送るのですが、まず、去年を振り返っての特徴。年が明けて、今年の特徴と課題。ここでは数字よりも概念的なことを書くようにしてきました。

 例えば、「吉野家のサービスを際立たせよう」と思ったときに、そのメッセージは「粋なサービスをしよう」と訴えました。吉野家のお客さんは「吉野家に行くと元気が出てくる」という。これは私たちが気付いていないかもしれないが、江戸前の築地で生まれた吉野家に自然に醸成されたDNAが醸し出す空気があり、それが「江戸前の粋」というものではないか。

 では「粋なサービス」とは何か。

 私はあるホテルに「サービスの神髄」を感じ取っていました。そこのコーヒーショップでは、フロアサービス担当者はお客さまと目を合わせませんが、「そろそろ水を足してほしいな」と思っている時に、そっと近寄ってきて水を足してくれる。つまり、お客さまの状態を完全に把握しているのです。

 私たちが店の従業員に言っていることはこういうことです。「お客さまが湯飲みで飲んでいる時に、湯飲みの角度が深くなったら、お客さまが求めていようと求めていまいと、熱いアガリのおかわりを持っていこう。これは、お客さまの状態を常に把握しているということの証なのだから」。そこで、これを「粋なサービス」の運動として行いました。

 それ以降、それぞれの店が何をもって粋をつくるか、全店で考えました。

 私が店長の時にやっていたリーダーシップは「挑戦」です。「挑戦」とは全く新しいことへの挑戦と思いがちですが、私はルーティンワークの中にも存在すると心得ていました。

 会社から店舗へオーダーされることは、年次の予算をはじめ全店舗に共通した課題。例えていえば体操競技における「規定演技」です。それに加えて、私は「自由演技」にも取り組んでいました。自分で課題を設定して、それを克服するのです。

 その1つとして、従業員の全員を店長の代行者に育てることに取り組みました。それによって、これまで5人でやっていたことを4人でこなす。欠員が出ても、誰もがその代わりをできるという状態を目指しました。このようなことをしなくても店は回ります。でも、このようなテーマを掲げて全員を一様に育てようとすると時間がかかりますから、まず中心的な3~4人を対象にしてあえて期限を決め、いつまでにオールマイティに育てるか。こんなことに取り組みました。

 期限は「可及的速やかに」ということ。「いつまでにできる」ということは理論として机上で組み立てられますから、これにそって「可及的速やかに」行う。

 ここには高い目標と忙しさを強いられる期間が存在します。私はこの2つが存在することに「自由演技」としてチャレンジしました。個人だけではできないし、バランスを考えてチームで取り組まなければなりません。

 このようなことで生産性が上がり、例えば1日55時間の総労働時間数(人時)を48時間に削減できたら、その利益の一部を皆で分け合おうと伝えました。このようなインセンティブも付けながら取り組みました。

 私は上司になってからも、部下には常に課題を与え、この「自由演技」を共有しました。まず、慣れていない人物を選び出し、私から課題の解決をオーダーして、「これを、いつまでに、このようにやろう」と指示します。やれる限りの高い目標を掲げ、それを達成するためのスケジュールは、極限的なスピード感でつくらせます。

 ほとんど10割はできないので8掛けでできれば御の字です。目標達成に要する時間は当初設定したよりも1.2倍かかります。それでもいいのです。これはチャレンジですから。これが個人を成長させ、それがチームのテーマだったら、1つのオフィシャルなイシュー(建設的な未来へのテーマ)を達成するためにチームワークも強まります。

 これが、私が「平時」の時にやっていたことです。