まず私事を書く。私は初めて就職に臨んだとき、できるだけ「考えずに済む」仕事に就きたい、と考えていた。資本主義社会では、仕事とは、時間と賃金の交換の契約だ、と考えていたからである(だから、これは今も同じである)。残念ながら親が金持ちでなかったので、私は就職を迫られた。その時、私が「仕事」に望んだのは、時間単位当たり賃金の多さであって、内容は何でもよかった。いやできれば「考えなくても済む単純作業」がよかった。そこで私は、遅刻はしない代わりに、就業時間が終わると、さっさと退社した。これは当時の常識に反していたらしい。私は変人扱いされた。今も変人らしいが・・・。

 今日でも、この価値観は妥当である。私自身は今も、(勝手に1人考え事のできる)単純肉体作業は大好きである。だが経営者の任務は、そのような人間にも、仕事が面白い、生きがいになる、と思ってもらえるようにすること、である。私の場合は、経営者上司によってではなく、いつの間にか・気が付いたら、そうなっていたのだが。

 今、そのことを指摘するのは、今でも流通業は、若者から「創意工夫に富む」ビジネスと思われるより、「長時間・肉体労働に富む」ビジネスと思われているフシが多いからである。人事担当者からよく耳にする、コンビニやスーパーマーケットでバイトをした体験から、流通業に興味を持ち、就職する若者が結構いる、という事実が、それを示唆する。なぜならそれは、実際にやってみると、流通業の実務は、決して単純肉体労働だけではない、面白いビジネスであることが分かった、ということだからである。

 むしろ、いわゆるITビジネスやファッション・ビジネスこそ、その逆のケースである。それは外見上は「かっこいい」知的労働に見える。だが実際に就業してみると、終日パソコンの前に座って、それを操作することに終始することになったりする。それは単純作業でしかない。ファッション・ビジネスで圧倒的に多いのは、肉体労働、モノを運ぶこと、である。それに諦めをつけたものは、「企業ブランド」に安住するしかない。

 だが流通業、特にチェーンが、単純肉体労働と思われがちな原因の一つは、流通業自身にある。かつての「チェーン理論」は、画一化・単純化を志向し、専ら「マニュアル肉体労働」を称揚し、それを信じたチェーンが多いからである。だが実際には、特に個店経営のチェーンでは、むしろ要求されるのは、非単純・非肉体労働である。その意味で流通業こそ、有為の若者にとって、面白い・働きがいのあるビジネスなのである。いやこれから流通業は、さらに非単純・非肉体労働の場になる。

 というのも、これからの店舗流通業チェーンの人材には、美学と科学と心理学が必要になるからだ。その理由は、1つにアマゾンなどの進出でもはやネットを無視できなくなったこと、2つにネットにも関連するが、徐々にキャッシュレスの傾向が強くなっていること、である。

 第1に、美学が必要だというのは、店舗流通業は、ネットという「便利で(安い)」に対して、便利さや安さだけではなく、実店舗での買物の体験の「楽しさ」、を実現しなければならないからである。便利でもなく・安くもないディズニーランドにデスティネーション力があるのは、体験しなければ味わうことのできない「楽しさ」があるからだ。買物は、用事ではなく快楽であるはずだ。店舗売場を、どうそのような「快楽体験」の場にするか、美学が必要になる。店舗売場は、ゴンドラやハンガーを羅列した、商品置き場から脱皮しなければならない。

 第2に科学が必要なのは、キャッシュレスになれば、店舗ごと・個人ごとにデータが集積されるからである。キャッシュとは、「それっきり」ということである。「金の切れ目が縁の切れ目」という。元々は、金銭づくの関係は金銭が尽きてしまえば終わりになる、という意味だが、ここはもっと即物的に考えるべきである。キャッシュによる買物は、金銭と商品を交換すれば、そこで終わりになる。縁はつながらない。

 だが例えばSuicaでもカスタマー・カードでもクレジット・カードでも、いったんキャッシュから離れて、キャッシュレスになった途端、むしろ「縁」は深まる。縁が深まるとは、データがきめ細かく入手できるということである。

 アマゾンは、私の購入書籍のデータを個人単位で、アルゴリズムで把握分析し、私に多くの書籍を推薦してくる。だが実は私はその推薦に従ったことは、ほとんどない。そこに「等身大のカスタマーが、目に見えない、ネット・ビジネス」の弱点がある。アマゾンの受注は個人単位である。私と家内は、どんな本を読むか好みは全く違う。だから違う個人として発注する。スーパーマーケットでは、個人ではなく家族単位の買物なのに。にもかかわらず、ネットには、お客個人の本当の実像は、目に見えない。ネットは万能ではなく、むしろ「諸刃の刃」なのである。

 だが「店舗」とキャッシュレスが結び付けば、「縁」は深くなる。私がかねがね否定している家計調査などを論拠にする「マーケティング屋さん」の平均値的・最大公約数的な「全国データ・マーケティング」ではなく、そしてネットのアルゴリズム分析でもなく、個店ごと・カスタマーごとのデータ分析が可能になり、必要になる。そのデータ収集分析にこそ、科学的感覚を持った人材が必要になる。だから真の人材が育つ。

 第3に心理学が必要になるのは、数字のデータの科学的分析だけでは、分析にならないからである。アマゾンがアルゴリズムに依存せざるを得ないのは、カスタマーを「見ること・感じることができない」からである。ネットでは、男が女になりすますこともできる。だが実店舗は、五感を総動員すれば、等身大のカスタマーを「感じる」ことができる貴重なメディアである。そこに心理学を働かせることができる。

 ネットの「お客」は、ある種のゴーストである。キャッシュの「お客」は、抽象化された「ヒト」である。だが「キャッシュレス」で「縁」がつながった、いや「縁」をつなげる「カスタマー」は、生身の人間である。そこに心理学を動員できる理由がある。

 パソコンを操作することが、「知的」な仕事なのではない。それはある種の・新しい「肉体労働」でしかない。生身の人間であるカスタマーと接すること、そこから何かを感じること、いや感じ得ること、それこそが自らの知的能力を発揮する「知的」な仕事である。

 キャッシュレスは、スマホと同じように、多くのお客にとって「便利だから」採用されることになるだろう。事実アマゾンは基本的にキャッシュレスである。だが同じキャッシュレスでも、店舗は違う。キャッシュレスが店舗にもたらす影響は、単なる「便利さ」などではない。人材の能力が真に発揮される、いや発揮しなければならない「縁」をつくってくれる絶好のチャンスではないか。

※この原稿は島田陽介先生のアドレス宛に、メールアドレスを送付した方に毎月不定期に送られる「今月の提言」から抜粋したものです。